教授になったらセクハラやんだ 尊厳傷つけ、支配する理不尽

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新井紀子のメディア私評

 43歳の春に「国立情報学研究所 教授」に昇進した。15年前の話だ。情報学は工学・理学などにまたがる学際的分野だが、内閣府の統計によれば、国立大学における「工学」「理学」分野の女性教授の割合は令和になってもそれぞれ2・9%、4・6%にとどまる。情報研という職場に恵まれたのだと思う。私の前後で毎年のように女性教授が誕生していた。

 教授になっても給料がはね上がるわけではない。ただひとつ、「教授前と後」で激変したことがある。セクハラがぴたっとやんだのだ。

新井紀子(あらい・のりこ)さん 1962年生まれ。国立情報学研究所教授。読解力測定のためのテストを実施する「教育のための科学研究所」所長。

 セクシュアルハラスメントとは、相手の意に反する性的言動によって、学んだり働いたりする上で不利益を被ったり、就学・就業環境が妨げられることを指す。「性的な言動」=エッチな話や身体接触、と考えるのは早計だ。「自分のジェンダー故に、そのような行動を取られている」と相手が不快に感じるような言動はすべてセクハラだ。

 たとえば、「声が可愛いから、いつまでも話を聞いていたくなる」と講演後にささやいたら、それは褒め言葉ではない。紛れもなく侮辱でありセクハラだ。「才能ある男と結婚できたのだから家に入って支えるべきだ」は、大きなお世話でありセクハラだ。

 教授になり、私の声が変わったわけでも離婚したわけでもない。セクハラがやんだのは、肩書のおかげだとしか思えない。思い返せば、大学院生や助手の頃は日常茶飯事だったセクハラが、助教授になった途端に激減した。それでも不愉快な目にあわずに過ごせた年はなかった。

 弱い立場にいる人の尊厳を傷つけ支配することで、自らの優位性を確認しないといられない「残念な人間」が、この世にはいる。それが家族に向かえば虐待やドメスティックバイオレンス(DV)になり、部下に向かえばパワハラになり、性差に向かえばセクハラになる。その意味で、これらは同根だ。リベラルなジャーナリストがセクハラスキャンダルと無縁なわけではないように、輝かしい業績を誇るトップ研究者の中にもゆがんだ志向を持つ人はいる。

 私がアメリカに留学した19…

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    中野円佳
    (ジャーナリスト)
    2021年10月16日9時27分 投稿

    【視点】教授になったらセクハラが止んだ、セクハラから解放されたら生産性が向上した、と書かれていますが、教授になるまでに実績は出さないといけないわけで、本当にいばらの道ですよね。政治の領域に入っていくとかも本当にそうだと思います。 有識者扱いさ