第3回マイノリティーの力になるのは政治<司法の現実 ひとごとでいいのか

長妻昭明
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若者×記者が見る衆院選 違和感をたどって
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 水俣病の公式確認から65年を迎えた5月1日、熊本県水俣市であった慰霊祭の取材で、ひとりの男性からこんな言葉を投げかけられた。

 「政治は昔も今も人の命よりも経済を優先しているんだ」

 突然の強い言葉にたじろぎ、「そんなはずはない」と思ったが、すぐにコロナ禍での「Go To トラベル」のことが頭に浮かんだ。

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乙女塚での慰霊祭には胎児性患者の坂本しのぶさん(前列右から2人目)ら「水俣病互助会」の人たちが参列した=2021年5月1日午後1時32分、熊本県水俣市、代表撮影

「政治は弱者に寄り添う」 学生時代の思いが一転

 学生時代、都心の駅前で街頭演説をしていた政治家が繰り返していた。「誰もが安全安心に暮らせる社会に」「社会的弱者に寄り添う」。そのときは、政治はそうしたことを実現するものだと、すんなりと受け止めていた。

 しかし、4月に熊本に転勤し、初めて臨んだ水俣取材で、そんな思いは疑いに変わった。水俣病の症状があるのに患者と認められず、補償が受けられない人がたくさんいたからだ。

 政治は困っている人の声に耳を傾け、手を差し伸べる役割ではないのか。そんな考えは単なる理想論だろうか。学生時代には見えなかったリアルな政治に向き合い、自分なりの「答え」を探ろうと、水俣市を再び訪れた。

 まだ暑さの残る9月。会社のある熊本市の中心部から車を約2時間走らせ、4カ月ぶりに水俣市へ向かった。波穏やかな水俣湾に臨む港に着くと、1人の男性が家から出てきて手招きしていた。「政治は経済優先」との言葉を伝えてくれた佐藤英樹さん(66)は、私の再訪を快く受け入れてくれた。

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運転する長妻昭明記者=熊本市、藤脇正真撮影

 重症の患者が多く確認された地区で生まれ、毎日のように不知火海で採れた刺し身や塩焼きを食べてきた。幼い頃から水俣病の症状に苦しんだ。両親は認定患者となったが、自身の申請は却下され続けてきた。

 慰霊祭のあの日、私に政治への不満をぶつけたのはなぜですか――。

 佐藤さんは、国と熊本県が水俣病の原因を把握してから9年間、化学メーカー「チッソ」がメチル水銀を流し続けたことを放置していた歴史をひもとき、語り出した。

 「水俣では国が経済を優先したから被害が拡大したんだ。環境大臣らは『水俣病を教訓に』と言うが、私たちを患者と認めようとせず、いまも経済優先の政策を続けている。いいかげん変わって欲しくて言ったんだ」

 佐藤さんの脳裏ではきっと、新型コロナウイルスが感染拡大していた時期に、専門家や不安に思う国民の声を無視して「Go To トラベル」や東京五輪の開催を推し進めた政権と、水俣病の過ちが重なって見えたのではないか。

 ひとり1人の幸せの先にしか国や社会の幸せはないのに、佐藤さんのように困っている人や、本当に助けを必要としている人たちの声が政治に届かないのはなぜか。届けるにはどうすればいいのか。

救済を進めた経験ありますか?議員に取材してみた

 いままさに衆院選が始まろうとしている時だからこそ、水俣市を含む熊本4区を地盤とする2人の衆院議員(いまは前職)に取材を申し込み、直接、こうぶつけようと思った。「そもそも、政治は弱者に寄り添う役割を担おうとしているのですか」と。

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議員にインタビューする長妻昭明記者=熊本県八代市、藤脇正真撮影

 佐藤さんの思いを胸に、熊本県人吉市八代市にある拠点を訪ねて聞いてみると、立憲民主党の矢上雅義さん(61)、自民党金子恭之さん(60)のいずれも首をタテに振った。

 では、具体的には?「社会的に弱い立場にある人の声を聞いて、実際に救済を進めた経験はありますか」。続けて聞いてみた。

 矢上さんはこう言った。「議員会館の前で座り込みをしていた水俣病の患者認定を求める人から政治解決をして欲しいと要望を受け、細川政権だった1993年、連立与党に水俣病プロジェクトチームを立ち上げて、2年後に未認定被害者に一時金を支払う政治決着に結びつけた」

 金子さんは、熊本にも療養施設があるハンセン病の対策議員懇談会事務局長として、2019年に元患者の家族の補償と名誉回復を盛り込んだ改正ハンセン病問題基本法の成立に取り組んだ経験を振り返った。

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長妻昭明記者の取材ノート=熊本市、藤脇正真撮影

選挙は重要と伝えてきた新聞、一気にうそっぽく

 2人の経験談は、確かに長年放置されてきた問題を政治が取り上げ、一定の補償や被害者救済に向けて動き出した例だ。だが、そのいずれも、その前に裁判所が国の責任を認めた判決を出していた。

 水俣での取材で被害者のひとりが「政治に期待することはあきらめた。裁判で勝つことだけが唯一の救われる方法」と語っていたことを思い出す。

 結局のところ、司法の判断に背を押されないと政治は動かないということなのか。教科書では、衆参の選挙で選ばれた政治家がつどう国会を「国権の最高機関」と教えている。

 社会的な弱者を救い助ける役割に関して、「政治<司法」でいいのか。選挙の重要性を繰り返し伝えてきた私たちの新聞が、一気にうそっぽく感じた。

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総局で新聞を読む長妻昭明記者=熊本市、藤脇正真撮影

 政治家は、司法の後追いに甘んじたままで、本当にいいのだろうか。選挙では、国民のために仕事をすると誓う政治家が、本当に助けを求める人たちの期待を失ったままでいいのだろうか。

 矢上さんは、所属する立憲民主党など野党は「弱者の声を聞いている」と語ったうえで、いまの選挙制度の問題点を挙げた。「一つの選挙区から2人以上の当選者を選ぶ中選挙区制だった時は過半数を取らなくても当選できるので、票にならないマイノリティーの声を聞く政治家が多かったように思う」。そう振り返ると、「選挙区で1人を選ぶ小選挙区になってからは、過半数の票を得るために多くの政治家は一定の票数を持つ業界団体にこびるような政策を語るようになった」と語った。

 与党の立場にある金子さんは「行政と協力しながら救済を進めている」と説明した上で、「国会議員は専門家ではないため、司法が判断を下さないと救済するのは難しい」と語った。政治に限界があることを率直に認めたように感じた。

 政治に対するイメージが学生時代と地続きだった私にとって、2人の答えは驚きだった。

心折れず政治と向き合うには

 選挙制度の問題や司法と政治の役割分担があることは分かる。でも、目の前に問題を抱える水俣病の被害者のような人たちは、こうした説明に納得するとは思えない。「政治<司法」として諦めてしまったら、ますます、人々の暮らしや望みからかけ離れた政策が進められてしまうのではないか。

 政治と向き合うにはどうしたら良いのか。なかなか思いが届かない現実に心折れることなく、粘り強く障害者問題に携わってきた太田修平さん(64)なら、何らかの答えを持っているかもしれない。そう思い、オンラインで話を聞かせてもらった。

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原稿を書く長妻昭明記者=熊本市、藤脇正真撮影

 太田さんは1980年代、障害基礎年金が始まるとき、全国の仲間といっしょに厚生省(現厚生労働省)の前に座り込み、障害者が自立して生活できるだけの金額を国が支給する制度を実現した。その後も当事者の立場から内閣府の委員会に参加し、障害者差別解消法などの法案に意見を述べてきた。

 太田さんは開口一番、こう断言した。

「選挙では、問題は解決しない。なぜなら、今の選挙制度では障害者などのマイノリティーが投票しても、絶対的に票数が少ないので無視されてしまうから」

 選挙で私たちの代表を選んで政治を託す代議制民主主義や多数決のルールでは、どうしても数の力を持たない弱い立場の人たちの声はかき消されてしまう。「政権選択」と言われるように選挙はそもそも多数派を決める仕組みであって、弱者の1票は力弱き1票でしかないのだろうか。

弱い声もメディアが取り上げれば社会問題に

 それでも太田さんは、選挙に限界を認めても、政治や政治家の役割はやっぱり重要だと教えてくれた。政治家が気づき、動くことで社会が変わることもあるからだ。

 「政治家に気づいてもらうには、実際に目に見える形で抗議しないといけない。座り込みやデモなど民主主義で保障されている権利を使ってアピールし、それをメディアが取り上げれば社会問題となる。そのとき、政治家は対処しないといけないと気にするようになる」

 太田さんにとって「抗議活動」は拡声機のような役割だという。そして、重要なのは「司法」だと続けた。「司法判断が下されれば、政治は嫌でも問題に関心を持つ」と。

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街頭で支持を訴える衆院選の立候補予定者=2021年10月14日午後4時34分、熊本市南区無田口町、長妻昭明撮影

 「選挙は大事」「政治は弱者を救うためにある」といった、誰もが否定できない標語のような言葉は、正しいけれど必ずしも正確ではない。単純に唱えたり、そう思ったりするだけでは、問題の解決を遠のけたり、政治への落胆を強めるだけとなる。投票に行った人が「選挙に行っても政治は変わらないじゃん」と思うように。

 でも、もう一歩踏み込んで考えてみると、分かったことがある。

 政治家も私たちメディアも、困っている人の声が政治に届かない現実をひとごとのように思っていることだ。政治に絶望する当事者の声に、政治家は選挙の問題や司法との役割分担を挙げ、私たちメディアは政治のせいだと当事者に乗っかっていないか。

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長妻昭明記者=熊本市、藤脇正真撮影

 水俣の取材で、私はこんな質問を佐藤さんにぶつけてみた。

 「いまだ解決されていない原因には、メディアの責任もありますか」

 佐藤さんは驚いたような顔でこう答えた。

 「それはあると思う。だって伝染病の奇病と報じて差別や偏見を助長した一方で、最近は節目しか報じないじゃないか。ただ、そんな質問をされたことは初めてだよ」

 まもなく衆院選が公示される。私は保守系同士がぶつかり、共産候補も名乗りを上げる熊本2区を担当している。数の戦いを制して誰が選ばれるかをめぐる「政局」にも注目しつつ、演説に耳を傾ける人たちがいま何を求め、候補者がそれをどう受け止めようとしているのか。しっかり目をこらしていこうと思う。

 いまの選挙制度では十分に拾いきれないマイノリティーの声を、政治と有権者のあいだに立って伝える役割こそが、メディア本来の仕事だと思う。まずは、水俣病の患者認定を求める人たちがいまだに多くいる現実をどう考え、どう解決するのか。各候補者に問うことからはじめてみたい。(長妻昭明)