第7回いまや140食「配る弁当の数、しんどさ語る」 ミナミの子ども食堂

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玉置太郎
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弁当を配るための準備をする仲憲一さん(右)=2021年10月20日、大阪市中央区、玉置太郎撮影
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 毎週水曜日の夕方、仲憲一さん(60)は大阪市中央区自治会館に、約140食の弁当を運び込む。集まった10人ほどのボランティアと一緒に袋詰めし、地域の家庭へ配って歩く。

 代表を務める子ども食堂「しま☆ルーム」は、4年前から活動を続ける。30人ほどの子どもが通っていたが、コロナ禍で昨年3月から休みになり、代わりに弁当を配り始めた。

 活動場所は繁華街ミナミの端だ。大半の親が飲食店で働く。母子家庭や外国人家庭も多い。ミナミは感染の中心地と名指しされた。休業要請が続いて多くの親の収入が減り、仕事がなくなった。

 弁当は当初35食を用意したが、コロナ禍が長引くにつれ、「親の分も」「うちの家にも」と要望が増えた。仲さんは「弁当の数の増え方が、生活のしんどさを物語っている」と言う。

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各家庭に配る約140食の弁当を準備する、子ども食堂のボランティアら=2021年10月6日、大阪市中央区、玉置太郎撮影

 玄関先で弁当を手渡すとき、子どもと少し言葉を交わす。いつも同じ服を着ていたり、爪が伸びっぱなしになっていたりと、生活の荒れが心配な子もいる。親からは、所持金がほとんどない、ガスを止められた、という話も聞いた。

いつも同じ服、伸びっぱなしの爪

 仲さん自身、ミナミで小さなバーを営む。

 休業が続くが、しま☆ルーム…

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