浅草復活祈る一家4代の舞、恒例行事「金龍の舞」2年ぶりの公開

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柏木友紀
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一般向けに披露された「金龍の舞」=2021年10月18日午前11時11分、東京都台東区、長島一浩撮影
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 東京・浅草の浅草寺で18日、恒例行事「金龍の舞」が披露された。例年、春と秋の2回、境内から仲見世にかけて勇壮華麗に練り歩く様は、浅草名物の一つだが、コロナ禍で昨春は中止に。昨秋と今春はいずれも無観客による内部開催となり、一般向けに奉演するのは2年ぶりとなった。三社祭りや花火大会などの人気行事の中止・延期が相次ぐ浅草。金龍の舞でにぎわいを取り戻そうと、一家4代が「復活の舞」に挑む。(柏木友紀)

 デン、デン、デン……。厳かな太鼓の音が境内に響き渡ると、五重塔から観音様を象徴する蓮華珠(れんげしゅ)に続いて金龍が姿を現した。長さ18メートル、重さ88キロ、金箔(きんぱく)を施した8888枚の鱗(うろこ)が秋の日差しを受けて光り輝いた。

浅草・千束の一家四代、太鼓に龍を感じて

 舞に特別な思いを込めるのは、地元浅草・千束で印刷機械業を営んできた土切(つちきり)一家だ。60年来の太鼓の名手の友好さん(92)と、その技を継ぎ、今回太鼓をたたく博さん(65)。蓮華珠を担当するのは祐稀(ゆうき)さん(31)、そして孔稀(こうき)くん(11カ月)の4代が出演した。「太鼓が龍を導く。そう、龍の思いを感じるんだ」。友好さんはいう。

 金龍の舞は、金龍山浅草寺の本尊・観音像が628年3月18日に隅田川から姿を現し、空から金の龍が舞い降りたという言い伝えにちなんだ行事。東京大空襲で焼け落ちた本堂や伽藍(がらん)が再建された1958年から、毎年3月と10月の18日に催されてきた。舞い手を務めてきたのは、地元町内の商家などの長男たちだった。

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「金龍」の前に、4代で並ぶ土切一家の(右から)祐稀さん、孔稀くん、友好さん、博さん=2021年10月18日午前10時11分、東京都台東区、長島一浩撮影

 友好さんは戦前、兵士を戦地…

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