女性政治家増やすべきだ…本音と建前に乖離 鬱屈が女性への憎しみに

有料会員記事2021衆院選

聞き手・田中聡子 聞き手・桜井泉
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 選挙のたびに、女性の候補者や議員の少なさが取りざたされ、「増やさねば」「ゲタをはかせるのか」という議論が繰り返される。この国にとって「女性政治家」とは何なのか。

立ち止まり、傷つきながら考える 批評家・杉田俊介さん

 「女性政治家を増やすべきだ」という言葉には、建前と本音の乖離(かいり)を感じます。鬱屈(うっくつ)した被害者意識のような感情が、乖離を生む一つの要因ではないでしょうか。

 「女性活躍」で輝く女性たちが優遇されているように見え、自分がその被害者だと感じる――。本心をいえば、似たような感情が自分にもあります。ロスジェネ世代と呼ばれ、安定した仕事もなかった20代のころ、失恋を経験しました。人生がうまくいかないのを他人のせいにして、憎むようにもなりました。そういう気持ちと、「女性活躍」を批判する人々の気持ちは、どこか地続きの面があるのかもしれません。

 といっても、男性が大多数を占める今の政治の状況は、明らかに異常だと思います。女性政治家が独身であれば「子どもを産め」と揶揄(やゆ)され、子どもがいれば「ちゃんと育児しているのか」と非難される。取り締まって、監視して、男性以上に「資質があるか」と問い詰める。そのことのおかしさが、男性政治家にも、そして何より有権者にも、十分理解されていません。「女性政治家が増えてどんなメリットがあるのか根拠を示せ」という人もいますが、男性政治家は「男が多いことでどんないいことがあるのか示せ」などとは問われません。

 そう思うのは、女性が多数を占めていた障害者介護の仕事をしていたからということもあります。ケアの多くを現実に担うのは女性たちなのに、それを肌身で知らない男性たちが制度や政策を作って公正でありうるわけがない。政治家の女性比率を高めるべきです。

女性政治家をめぐり理性と感情のはざまで揺れるものは何か、杉田さんの論は続きます。記事後半では、政治学者の申琪榮さんが儒教文化の影響が強い韓国・台湾と日本を比較しながら分析。作家の北原みのりさんは、「女性が増えることで変わることはたくさんある」と語ります。

 ただ、理性的にはそう考える…

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