ブランド和牛の注文8割減、救った給食 やる気ある人に「安定」を
コロナ禍によるインバウンドの消滅、飲食店の需要の大幅な落ち込みは、生産現場を直撃した。
大阪府阪南市の山間にある牧場。市街地から車で10分ほどだが、周囲は緑に囲まれ、山からの風が吹き抜ける。牛たちがのんびりとえさを食べていた。
「去年は春以降、お得意さんからの注文が7、8割減った。こたえましたね」
約200頭の和牛を肥育する松田武昭さん(71)は振り返る。
コロナ禍のいま
コロナ禍を経て、観光や保育、畜産、町工場といった現場がどう変わり、何を望むのか。大阪のいまを取材した。
肉質にこだわり、雌牛のみを一頭一頭きめ細かく管理。一般的な肥育期間より数カ月長く育て、ブランド牛「なにわ黒牛」として販売している。肉は市場には出さず、消費地に近いメリットを生かし、取引先はフレンチやイタリアンなど飲食店がメインだ。しかし、感染拡大で軒並み休業。廃業したところもあったという。
和牛肉の市場での卸売価格は、昨年春から夏にかけて前年比で7~8割の水準まで落ち込んだ。在庫に耐えられず、安値でも出荷した生産者もいたというが、松田さんは、「安売りすればブランドが崩れる」とこらえた。出荷時期を迎えた牛は、えさを減らすなどして何とか肥育を続けたが、牛への負担は大きかった。
助けとなったのが、国がコロナ対策の緊急対策事業として進めた学校給食での活用への補助金だ。府によると、府内では、今年3月末までに、府内産約10・8トンを含む約113・8トンの和牛(約7億円分)が給食用に利用されたという。「あれがなかったらかなり厳しかった」と松田さん。ただ、補助金は昨年度末で終了。落ち込みを少しでもカバーするため、ネットでの直接販売も活用し、新規顧客の獲得を目指した。
なにわ黒牛は、2019年に大阪市で開催された主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の食材としても使われるなど、ブランド力も上がり、輸出にも力を入れようとしていた矢先のコロナ禍だった。
緊急事態宣言の解除で飲食店の需要も少しずつ回復しているという。インバウンドの復活、そして、25年の大阪・関西万博に向け、松田さんは「苦しくても頭数を増やさないと、売るものがなくなる」と増産する計画だ。
懸念するのは、1次産業の衰退だ。牧場の周囲の農地も耕作放棄地が目立つようになった。日本の食料自給率(カロリーベース)は37・17%(20年度)。「このままだともっと下がる。やる気がある人が農業に取り組めて、さらに、後継者育成のため収入を安定させる仕組みが必要だ」
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堺市の原野祥次さん(66)は、府内の酒造会社が梅酒を漬けるのに使った梅の実をえさに加えて和牛を育て、ブランド牛「大阪ウメビーフ」として販売している。肉はG20サミットではレセプションの食材にも選ばれた。
去年春ごろから、百貨店、ホテルからの注文がぴたっと止まり、出荷できない牛で一時、牛舎がいっぱいになった。学校給食用に加え、「巣ごもり消費」が伸びたスーパー向けで何とか経営を支えた。
住宅街にある牛舎で、約100頭を育てる。梅だけでなく、地元の製餡(せいあん)所から出る小豆のかすなどもえさに加えることで、地域の資源の循環とコストダウンを図っている。
畜産業界では、全国的に大規模化、企業化が進むが、原野さんの牧場は立地的に現在の規模が精いっぱいという。「都市部、小規模だからこそ出せる特徴がある。政治は、都市近郊の畜産のこともきちんと考えてほしい」と訴える。
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野菜農家への影響も大きかった。国産では希少なパプリカを育てる大阪府和泉市の辻井義隆さん(41)。飲食店からの注文ががたっと減ったため、直売所での販売を増やすなどした。
コロナ前は、飲食店向けの出荷を増やす方向だったが、感染の収束後も飲食店向けの需要の回復には時間がかかるとみて、経営戦略を変更。今後、自ら加工、販売する6次産業化に力を入れていく。加工や料理教室ができる施設建設を計画。農業体験などを通じて農園のファンを増やし、家庭向けを増やしたいという。
コロナ禍で、農や食への関心が高まっていると感じている。「この流れの中で新規就農者をどう定着させるかが課題。補助金をばらまくのではなく、本当にがんばった人に見返りのある施策を期待したい」と話す。(西江拓矢)
コロナ禍の農林水産関連の国や自治体による支援策の例
○国産農林水産物学校給食提供事業→国の補助を受けて大阪府が実施。市町村などが和牛肉を学校給食に提供する経費として、各回1人100グラムまで、100グラムで上限1千円を補助。シラスなど水産物の場合は、100グラムで上限500円を補助。
○国産農林水産物等販路多様化緊急対策事業→コロナの影響を受けた農林漁業者らの販売促進・販路の多様化などの取り組みを支援。新規サイトによるインターネット販売などに対し、送料などを補助。