「なぜ自分たちが犠牲に?」霞堤と集団移転、治水対策に揺れる集落

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山本孝興
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 2019年10月の台風19号は、100人を超す死者・行方不明者を出した。本流・支流を含め71河川の142カ所で堤防が決壊し、3万戸超が全半壊した。福島、栃木両県境の那須岳から太平洋に注ぐ1級河川の那珂(なか)川もその一つ。国や自治体が掲げる新たな治水対策に、ある小さな集落が揺れている。

栃木・下境地区 台風19号で約3割が浸水

 茨城県境近くにある栃木県那須烏山市の下境(しもざかい)地区の人口は600人ほど。那珂川が集落を囲むように蛇行しながら流れ、過去に何度も水害が発生した。台風19号でも地区の約3割にあたる72世帯が浸水した。川から約400メートルの場所に立つ住宅には、2メートル近い天井付近まで水の跡がいまも残っている。被害を受け、水害対策事業が持ち上がった。

 まず国が昨年1月、「霞堤(かすみてい)」と呼ばれる堤防の整備を公表した。氾濫(はんらん)が予想される地区内の川沿いに長さ計約1・8キロの堤防をつくり、一部に「切れ目」を設ける。洪水時は川の水を切れ目から田畑などに意図的に流し込み、河川の全体流量を抑える。19号では下流の茨城県常陸大宮市などで堤防3カ所が決壊したが、下流の水位を下げる効果がある。地区内では霞堤による浸水が起きるが、その面積は従来より2割ほど減ると、国は説明する。

 もう一つは被災地域の住民を安全な土地へ移転させる「防災集団移転促進事業」で、那須烏山市が昨年10月に提案した。市町村が移転先の用地取得などを行い、費用の4分の3を国が補助する。ただ、慣れ親しんだ土地からの移転は住民の同意が難しく、東日本大震災以降に実施例はない。

 国土交通省によると、霞堤は24年度に完成する見通し。集団移転は24年度までに事業計画をつくる方針だが、市の担当者は「進捗(しんちょく)状況は1割にもいかない」と打ち明ける。

 国交省常陸河川国道事務所の堀内輝亮副所長は「氾濫から遊水という形に変えていく。霞堤と集団移転は両輪。下境には堤防がなく、まずは堤防整備を進める」と説明。霞堤の効果についても「浸水時の水位が下がるなど、地元にも利点があることを丁寧に説明したい」と話す。ただ、集団移転を含めた市と合同の住民説明会はこれまでに1度しか開かれておらず、住民の理解は進んでいない。

 下境地区で農業を営む70代の男性は「なぜ(下流の)茨城のために自分たちが犠牲にならなきゃいけないのか」。地区の代表自治会長の両方(りょうかた)恒雄さん(69)も「いままで通り水害に遭うなら誰も納得しない。移転についても、若い人と年寄りでは家族内でも意見が違う」と話す。

 地区には5~6世代にわたって暮らしてきた家も多い。市の無形民俗文化財の祭りを当番制で守ってきた伝統もある。両方さんは「移転は住宅の問題だけではない。集会所をどこにつくるのか。県道はどう通すのか。将来的にこうなるんだと説明しないとみんな理解しない」と話す。

 事業を進める市側にも戸惑いはある。市都市建設課の鈴木康宏課長補佐は「津波と違い、これまで台風による水害があってもほとんどの家が残り、生活が再建できている。ずっと住んできた場所からなぜ移転なんだという声はあり、対応は難しい」と打ち明ける。

国と自治体で進む連携  住民の理解は道半ば

 国は台風19号で被害が甚大化したことを受け、全国の109の1級水系すべてで、3月までに地元自治体と連携して「流域治水プロジェクト」をまとめた。河川内で洪水を抑え込む従来の治水対策を転換し、霞堤などを活用した河川の外での治水対策も明示した。計画の実効性を高めるため、河川法など九つの法律をまとめて改正する「流域治水関連法」が成立し、来月に全面施行される。

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