「リモートで働ける仕事はない」母校での非常勤、1年でやめたワケ

佐藤仙務
[PR]

 今から数年前、私のもとにあるオファーが届いた。それは非常勤で母校の特別支援学校で働いてみないか、というものだ。

 私が重度の障害をもちながら会社を起こし、「寝たきり社長」として活動しながら、実際に会社で障害者を雇用しているという話を知った校長先生が、在学生の相談業務をになってほしいという連絡をくれた。

 私は、寝たきりの特別支援学校の卒業生が、その母校で働くという前例のない取り組みに心躍った。また、卒業生として、後輩の役に立てるようであればと思い、そのオファーを引き受けることにした。

 私は週1回、学校に出向き、身体に障害を抱える生徒を中心に進路相談を受けたり、精神的に不安定な生徒にはメンタル面のサポートも行ったりした。そして、ときには生徒だけではなく、その保護者からも自身の子どもが将来、どんな働き方なら社会に参加できるかどうかを尋ねられることがあった。

母校で感じた「違和感」

 母校で働けることはうれしかった。さまざまな人と話ができることは楽しかったし、自分が社会に出て見聞きし、感じたことを少しでも後輩たちに伝えられることに喜びを感じていた。

 だが私は、その母校での勤務を1年で辞めてしまった。その理由は、週1回、母校に通うことが本業に支障をきたすということもあったが、それ以上に、勤務中に起こったある違和感であった。

 「違和感」は、ある保護者が私にこう言ったことから始まる。

 「佐藤さん、うちの子が将来、在宅でパソコンを使って働きたいと言っているんですが、実際にそういう仕事はあるんでしょうか」

 私は自分が高校3年生だった12年前、同じ質問を進路指導の先生や企業に尋ねたところ、「そんな場所もないし、そんな働き方ができる時代は来ない」と言われた。しかし実際に会社を起こし、そういった働き方を実現した私は、「そういう働き方もできる」ことを知っていた。だから「仕事によって、リモートワークで働くことは出来ると思いますよ」と伝えた。

 だが、その保護者は少し疑わしそうな顔で私をみて、「でも、ある先生からそんな働き方はできないと言われた」と話しだした。

 私はその保護者に安心してもらいたくて、善意で「大丈夫、探せばきっとあります」と言い、続けて「ちなみに、どの先生がそんなことをおっしゃったんでしょうか」と聞いた。今思えば少し余計なことまで聞いてしまったかもしれない。

 すると、私とその保護者との会話を聞いていた別の先生が、当時私の勤務調整を担当してくれていた先生を経由し、私にこう言ってきた。

 「ひさむくんのやったことは、その先生や学校の顔を潰す行為だ」

「リモートで働ける」胸を張って言うために

 私は最初、その言葉が納得いかなかった。実際に私は自分の会社だけではなく、これまで数多くの企業とも関わってきたが、障害者・健常者に関わらず、少しずつリモートワークに理解を示す時代になってきていた。

 にもかかわらずなぜ、学校の先生が「リモートワークで出来る仕事がない」と断言し、障害児やその保護者の希望を断つのか理解できなかった。

 だが、その先生が続けて私にこう言った。「仮にあると言うならば、その人たちに仕事を出してあげるまでが本当の意味で責任なんじゃないのかな」

 なぜか、この言葉にはズシンと来るものがあった。

 もちろん最初は、企業社会で働いていない先生たちが「そんな仕事や働き方はない」と断言することに、「何も知らないくせに」といら立ちさえ持っていた。ただ私は一方で、「希望だけ与えるのは無責任なこと」だと思うようになった。

 でも、私が経営する会社で雇える人数には限界があることも確かだ。理想と現実の間の、なんともいえない壁をずっしりと感じた。

「どう働く」にこだわってもいい

 それから私は、母校での勤務を辞め、改めて会社の業務に集中することにした。そして、新しいサービスを立ち上げた。それは在宅で働くことを希望する障害者と、業務委託をしたい企業をマッチングする「チャレンジドメイン」というサービスだ。

 これまで私は、障害者の働く場所を社内だけで構築しようと考えていたが、やはり、それでは世の中は変わらないと思い、世の中の企業と、在宅の障害者を結びつける仕組みを実現した。

 実は、ちょうど母校で非常勤で勤務していたとき、私は大学院に通っていた。そこでの研究活動として、日本を代表するいくつかの企業のトップに話をきくなかで、「雇用となるとハードルは高いが、外注なら仕事をお願いしたい」というニーズがあることを確信していた。

 在宅でも仕事ができること、そして在宅でもできる仕事が世の中にあることを、学校の先生をはじめ、子どもたちや保護者たち、世の中のみんなにもっと知ってもらいたい。そんな思いから始めたサービスだ。

 もちろん、まだまだ利用してくれている企業は多くはないし、登録してくれる障害者の方にとっても、本当の意味で使いやすいサービスなのかは分からない。また、企業の担当者によっては外注は障害者雇用ではないと言う方もいる。

 だが私は自身が高校生の頃、「どこで働く」より「どう働く」にこだわった。もちろん、障害者が企業に雇用されることは理想だと思うが、多くの障害者が求めているのは社会に参加し、一人前に稼ぎ、納税をして認められたいというものだろう。それがかなうのであれば、たとえ雇用でなくとも、外注でも、場合によっては私のような起業という選択肢でも良いはずだ。

 いつか、リモートワークが当たり前に認められる社会となり、「障害者でも在宅で働けます」と、私自身が責任を持って言える存在になりたいと強く願っている。(佐藤仙務)

佐藤仙務
佐藤仙務(さとう・ひさむ)
1991年愛知県生まれ。ウェブ制作会社「仙拓」社長。生まれつき難病の脊髄性筋萎縮症で体の自由が利かない。特別支援学校高等部を卒業した後、19歳で仙拓を設立。講演や執筆などにも注力。著書に「寝たきりだけど社長やってます ―十九歳で社長になった重度障がい者の物語―」(彩図社)など。ユーチューブチャンネル「ひさむちゃん寝る」では動画配信も手がける。