70年前の10月25日、国内線就航は始まった 伊丹でセレモニー

朝倉義統
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 70年前の10月25日、戦後初めて国内民間航空会社として日本航空(JAL)が国内線の就航を果たした。そのセレモニーが大阪(伊丹)空港であった。

 当時の1番機は羽田発、伊丹経由の福岡便。36席は満席だった。運賃は羽田から伊丹まで5千円。旧国鉄の特急つばめが東京から大阪まで1020円(3等、運賃と特急料金込み)で、1954年の大卒初任給が9920円の時代だった。

 運航委託が営業免許の条件で、JALは米・ノースウエスト航空(現デルタ航空)に委託した。自主運航は1年後の52年10月25日からだった。

 セレモニーでは国土交通省大阪空港事務所の山内諒所長が「当時の新聞には、『我が国の航空業界として待望の出来事であった』と報道されています」と披露する一幕も。セレモニー後、ほぼ満席の羽田便を見送ったJALの柳川麻里・大阪空港支店長は「安全、安心な空の旅を今後も提供してまいります」と話した。(朝倉義統)