「リーダー性ゼロの高津が……」 恩師が語るヤクルトの指揮官

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辻健治
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 プロ野球セ・リーグで6年ぶりにリーグ優勝を果たしたヤクルトスワローズ高津臣吾監督(52)。その足跡をたどるため、高校時代の恩師に話を聞いた。

 「高津は非常に明るくて協調性がある生徒だったが、リーダー性はゼロ。のほほんとして、みんなを引っ張るようなキャラクターでは決してなかった」。広島工の監督として指導した小川成海さん(71)は言う。今も年賀状など、高津とのやりとりは続く。

 広島市出身の高津は1984年、自宅近くの広島工に進んだ。同学年には本格派右腕の上田俊治投手がいた。県内には広島商や広陵など強豪がそろい、勝ち抜くためにはタイプの異なる投手が必要だった。

 「高津は体が軟らかくて、腕の振りもしなやかだった」と小川さん。その特性を生かすためにも下手から投げるようフォームを変えた。100人近い部員がいたチームの中で徐々に頭角を現していったものの、上田投手が絶対的なエースであることは変わらなかった。

 広島工は86年春の選抜大会に出場。高津は背番号10の一塁手で試合に出たが、高校最後の夏を迎える直前、転機が訪れた。

 「上田が盲腸になり、入院す…

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