盧泰愚・韓国元大統領が死去 軍事独裁政権に「民主化宣言」

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ソウル=鈴木拓也

 韓国で軍事独裁政権が終わった後に大統領(1988~93年)を務めた盧泰愚(ノテウ)氏が26日、ソウル市内の病院で死去した。88歳だった。軍出身ながら、与党代表だった87年に「民主化宣言」を出し、国際社会で韓国の地位を高めた。退任後は、80年に民主化デモを軍が制圧した光州事件の対応で責任を問われ、97年に実刑判決が確定した。

 南部の大邱(テグ)生まれ。朴正熙(パクチョンヒ)大統領暗殺(79年)後、国軍保安司令官だった全斗煥(チョンドゥファン)氏に同調し、79年12月の「粛軍クーデター」に参加。全氏の側近として軍事独裁政権を支えた。

 強権体制を強める全政権に対する民主化の要求が高まった87年6月、次期大統領候補だった盧氏は「民主化宣言」を発表。大統領直接選挙制を復活させ、混乱を収拾。同年の大統領選では、軍事政権の影を振り払おうと「普通の人」を前面に掲げ、金泳三(キムヨンサム)、金大中(キムデジュン)の両氏が野党候補一本化に失敗したこともあり、当選を果たした。

 88年にはソウル五輪を成功させた。東西冷戦が終結した後の91年末には、北朝鮮との間で和解と不可侵を盛り込んだ南北基本合意書と非核化共同宣言に合意。旧共産圏のソ連や中国と国交を結んだ。日韓関係では植民地支配について「痛惜の念」とした天皇のお言葉を評価し、未来志向の関係の重要性を唱えた。90年5月の訪日時には韓国の大統領として初めて国会で演説した。

 大統領退任後は、後任の金泳…

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