朝日新聞社と東京大学の谷口将紀研究室が今回の衆院選候補に実施している共同調査は、候補者に60超の質問に答えてもらうことで政治的な立ち位置を浮き彫りにするものです。調査票には「敵基地攻撃」や「基礎的財政収支」といったやや難解な言葉も登場します。でも、ジャーナリストの古田大輔さんは「こうした質問から熟議につなげる道筋もある」と提言しています。調査をどう活用すればいいのか、古田さんと考えます。
――以前からオープンデータの活用に取り組んでいますね。
「データジャーナリズム」という言葉が注目されるようになって10年近くたちます。なぜデータジャーナリズムなのかというと、コンピューターで膨大なデータを扱えるようになって、ジャーナリスト自身で分析して、ビジュアライズして伝えることが簡単にできるようになったからです。
もう一つ、ニュースメディアに対する信頼感が日本でも世界でも落ちています。「関係者によると」というニュースソースの記事だと信用してもらえないことがあります。でも、根拠となるデータが提示されていると透明性が高まり、ニュースの信頼感も高くなります。
問題は、そのデータを集めるのが難しいことです。朝日・東大調査のようにさまざまな政策課題を網羅して、議員や候補者のほとんどが回答している調査は他にはありません。しかも、それがダウンロード可能な形で公開されている。
かつて、ネットメディアBuzzFeedの編集長時代に国会議員を対象に受動喫煙対策についての考えを問うアンケートをしたことがありますが、めちゃくちゃ大変でした。なかなか答えてくれないんです。ファクスで質問票を送ったり、議員会館まで直接届けに行ったりして、回答をお願いする電話をかけても回収率は高くありませんでした。
――朝日・東大調査はどのように活用されていますか。
朝日新聞デジタルでは選挙のたびに朝日・東大調査の特設ページをつくりますよね。自分の住む選挙区で候補者がどのように回答したのか、視覚的にとてもわかりやすいつくりになっています。
でも、もっといろんな使い方ができると思うんです。僕は前回2017年衆院選の際に実施された調査をもとに、仲間と3人で国会議員が選択的夫婦別姓や同性婚にどのようなスタンスなのかをまとめまたデータベースをつくりました。地域ごとに賛成派が多いのか、反対派が多いのかを可視化することもできます。
――特定の質問にしぼって分析したわけですね。
いまではこうした分析や処理ができる人は少なくありません。データそのものを公開する、あるいは、データベースをつくるということをしてもいいのではないでしょうか。もちろん不正な使われ方をすると困りますが、クリエイティブ・コモンズといって、商業利用はしないなど一定の条件の下では自由に使える国際ルールもできています。
――今回の調査では、どの質問に注目しましたか。
長期的な経済運営に関する質問です。「消費税率を10%よりも高くする」や「年金や医療費の給付を現行の水準よりも抑制する」という意見への賛否をたずねる質問は、自分の個人的な生活に引きつけて考えやすい質問だと思うんです。
一方で、「基礎的財政収支(プライマリーバランス)の均衡達成を先送りする」「日本銀行は国債の買入れなど量的金融緩和政策を続ける」という質問は、自分の生活に引きつけられないな、と。
いま、あるシンクタンクの研究員として熟議の研究をしていて、参加者10人にオンラインで、積極財政か財政均衡か、大きな政府か小さな政府か、医療費の窓口負担の改定をどう思うかなどについて話し合ってもらっています。
そのなかで気づいたんですが、窓口負担がテーマのときは、みんな自分の話や親の経験を語るんです。ところが、積極財政か財政均衡か、大きな政府か小さな政府かという話題になると自分に引きつけて語れなくなってしまう。熟議が難しくなってしまうんです。
ほとんどの人にとって普段から考えていることではないので、話しづらくなります。
――政党によっては候補者向けに朝日・東大調査の「模範解答」をつくっていると聞いたことがあります。
きっと議員や候補者も同じなんじゃないかと思うです。経済畑であればこうしたテーマの質問には答えやすいかもしれないけど、そうじゃない議員や候補者だって多いわけですよね。
――政治の世界ではこうしたテーマについて方針を決めないといけません。抽象的なテーマで熟議はなりたたないのでしょうか。
一つの方法は、アメリカの二大政党のように、民主党なら大きな政府、共和党なら小さな政府といった大きな二つの塊に分けてしまう。でも、それだとこぼれ落ちてしまう意見がたくさんあって、どちらもイヤだから投票に行かない人も出てくるでしょう。
もう一つの方法は、より丁寧なコミュニケーションを重ねていくというものです。熟議が成り立ちにくいといっても、少しずつ話を深めていくと、「今の意見を聞いて、私はこう思うようになりました」といった具合に徐々に深まっていくんです。
確かに、選挙という短い期間だけでは難しいかもしれませんが、生活実感に落とし込めるように丁寧に議論することは可能だと僕は思うんです。
――朝日新聞デジタルでは候補者の回答を公開していますが、たくさん質問があって、そもそもどの質問をみて判断したらいいのかわからないという声も聞きます。
若い世代の投票率が低いという問題を取材していると、「政治に関心がない」だけでなく、「政治に関心はあるけれど、よくわからない」という声を聞きます。
そういうときに僕は、あなたが大切に思っているものは何かというところから考えていくといいんじゃないかと伝えています。まず関心のあるテーマについての自身の考えと各政党や候補者の回答を比較してみる。アンケートに答えると近い政党を導き出す「ボートマッチ」もあります。
――今回の衆院選では、朝日新聞デジタルでボートマッチが導入されています。
ただし、僕はボートマッチででてきた政党や候補者にそのまま投票することはおすすめしません。
ボートマッチがどこまで正確かわかりませんし、公約と実績や当選後にやることが一致しない政治家はたくさんいます。だから、その人の経歴や政治家としての活動もチェックするようにしています。朝日東大調査は、そういったいろんな視点から見るデータの一つとして、とても使いやすいものだと思います。
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ふるた・だいすけ1977年、福岡県生まれ。ジャーナリスト。朝日新聞記者、BuzzFeed Japan創刊編集長を経て、メディアコラボ代表。(聞き手・山下剛)
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