最弱投手軍団を立て直したヤクルト高津監督 人事を尽くし天命待った

藤田絢子
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 9月7日。東京ヤクルトスワローズ高津臣吾監督が、シーズン中に初めて全員を集めた。3・5ゲーム差の3位で追う首位阪神との直接対決。敵地内の室内練習場で声を響かせた。

 「チームスワローズが一枚岩でいったら崩れることはない。絶対大丈夫。何かあったら、僕が出て行く」

 主将の山田哲人は「みんなそこで一気によっしゃってなった。士気が上がった」。

 6日後の中日戦で、審判の思い込みによる判定が絡んでチームは惜敗。この判定に対し、高津監督は約15分にわたって納得のいく説明を求めた。選手たちに戦う姿勢を見せた。

 翌日から9連勝を含む13戦負けなし。22日に今季初めて首位に立った。

 最下位の昨季、足りなかった一つが闘争心だ。高津監督は今季、それを意識し続けた。同時に、チームの最大の課題に冷静に向き合った。昨季12球団最悪の防御率4・61を記録した投手陣の立て直しだ。中でも防御率4・33の救援陣は急務だった。

 立て直しの象徴となったのが、「七回の男」として定着した今野龍太だ。

 2年前に楽天を戦力外になった右腕は、見違えるような成長を遂げた。フォークの精度が上がり、カットボールも扱えるようになった。何より、しっかり腕を振って力強い直球を投げられるようになった。楽天の6年間で登板15試合だったが、今季だけで63試合を投げて7勝。成長を後押しし、思い切って起用してくれた高津監督を「胴上げしたい」と発奮した。

 八回は昨季から2年連続最優秀中継ぎに輝いた清水昇。抑えのマクガフとともに65試合以上に登板した。七回にめどが立ったことで、「勝利の方程式」を確立した救援陣の防御率は1点以上も改善。1点差試合を18度ものにした。後ろに不安がなくなったことで、前半戦は先発陣が潤沢でなくても何とか乗り切れる計算が立った。

 失敗を恐れず、挑戦もさせた。伊藤智仁、石井弘寿両投手コーチと連携し、新球種を試させた。高梨裕稔はシュートを勝負球にできるようになった。小川泰弘は「チェンジアップの握りを変えたら今までと違う打者の反応がある」。

 コンディション作りにも気を配った。石井投手コーチは「1週間の球数、イニングを計算しながら戦ってきた。去年からやってきたことが、今年になってうまくいき始めた」。状態が悪ければエースであろうと抹消し、ミニキャンプで走り込みを増やし復活させた。

 先発の登板間隔を中5日に詰めたのは9月26日が初めて。「プレッシャーも感じるだろうけど、そこで力を発揮できるのが真のピッチャーだ」と監督。勝負どころでリミッターを解除した。

 10月5日からの3位巨人、2位阪神との6連戦に中5日で投入、中継ぎ陣には初めて4連投を課した。「天王山」を5勝1敗で乗り切ると、優位に立った。9月にセ唯一の月間防御率2点台を記録するなど、チームの弱点は、最大の強みに変わった。

 昨季就任した高津監督にとって忘れられない言葉がある。1993年の日本シリーズ(S)。相手は前年の日本Sで3勝3敗の末に屈した西武で、またも3勝3敗で最終戦を迎えた朝だった。故・野村克也監督がミーティングで言った。

 「最後、勝敗は時の運や」

 高津監督は「人事を尽くして天命を待つということ」と受け止めた。雪辱を果たしたあの時から28年。恩師の言葉を胸にできる限りの手を打った先に、頂点は待っていた。(藤田絢子)