「部品じゃない」 大谷翔平が見せる夢 入れ替え不可能な個になれる

有料会員記事

聞き手・編集委員 中小路徹
[PR]

 今季の大リーグで投打の二刀流で活躍し、MVPの候補に挙がる大谷翔平(エンゼルス)は、日米のファンにどんな希望を与えてくれているのだろう。スポーツにも造詣(ぞうけい)の深い東京都立大の元教授で、現客員研究員の小田亮さん(社会人類学)に聞いた。

     ◇

 大谷選手は、「脱分業」の夢といえるものをみせてくれています。

 ベースボールというスポーツは、役割が細分化されています。この分業制は、攻守のチームが別にあるアメリカンフットボールなどを含め、米国のスポーツに特徴的で、20世紀の前半からプロスポーツのビジネスとして成立しました。

 観客は、都市に住む白人中産階級の男性たちが中心でした。彼らはベルトコンベヤーに象徴される機械化による産業発展の中、組織化された集団で生きる人々で、競争による業績主義で評価されてきました。そんな中、同じ分業システムのベースボールで、チームの勝利に貢献する数字を残すタイ・カップやルー・ゲーリッグに、夢を重ねていったのです。

 ベースボールやアメリカンフットボールが、やたらと数字による記録にこだわる点も、業績主義とスポーツが重なった部分でしょう。ビジネスパーソンが、試合を直接見なくても、分業の中で活躍する選手の記録をみて、「会社の中で頑張ろう」と自分の立場に置き換えてきました。

 ところが、現代の人々はその分業制にうんざりしてしまったのではないでしょうか。分業化は働く人を、部品のように入れ替えることを可能にしてしまいます。比較され、劣っていたら捨てられるわけです。

 だから人々は捨てられずにいる選手たちにあこがれてきたのですが、21世紀に入ると、細分化された作業、部品化された役割では仕事から達成感が得られず、「本当に自分の仕事は必要とされているのか」と思え、しんどくなってきた。新型コロナウイルス禍では「自分のやっていることは不要不急の仕事では」と気づかされ始めた一面もあります。

 そんな中、米国の人も日本の人も、入れ替え可能な部品として扱われるのではなく、入れ替え不可能な個人として存在している大谷選手から、「脱分業」の夢をみて、熱狂しているのだと思います。これを、分業システムの強いベースボールでみせていることが重要です。現代の多くの人々と同様に分業システムの中にいながら、その分業システムに押しつけられる細分化された役割からはずれた形で活躍している。それが大谷選手の新しさだと思います。

MVPなら、野球の評価の仕方が変わる?

 大谷選手がMVPをとれば、ベースボールの評価の仕方を変えてしまう可能性もあります。

 ホームランも打点も、1位で…

この記事は有料会員記事です。残り683文字有料会員になると続きをお読みいただけます。