ビタミンCは風邪を予防しない ノーベル賞学者が与えた影響の罪深さ

大脇幸志郎
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 朝晩の冷え込みが気になってきましたね。風邪の季節ですが、読者のみなさんは変わりなくお過ごしでしょうか。筆者はめっぽう寒がりなので、はやばやと冬物を出してきて妻に笑われています。

 この連載は、医学知識を横目で見つつ、ちょっと不健康な生活を応援します。ちょっと不健康というのは、たとえば他人が間違った健康法を信じていても、わざわざアドバイスしないということです。

 風邪と言えばビタミンCを連想する方はいないでしょうか。風邪予防にビタミンC、風邪を治すのにビタミンC。そのせいか、スーパーに並ぶ商品にはそこにもここにも、ビタミンCがいくら入っているかが書いてあります。

 ところが、ビタミンCに風邪を予防する効果はありません。2012年に過去のすべての研究データをまとめてビタミンCの効果が解析され(*)、全体として風邪予防の効果はなかったとされています。

 ただし、こういう解析ができるくらいに、一時は正当な医学としてビタミンCの効果が期待され、実際に試されていたわけです。

 ビタミンCの健康効果はいまでもよく話題になりますが、ビタミンCの欠乏症である壊血病はきわめて限られた状況でしか発症しません。厚生労働省が発行している「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によると、壊血病防止のためには1日10ミリグラムほどのビタミンCがあれば十分なのですが、日本人は平均してこの10倍近くのビタミンCを食事から摂取しています。おそらくビタミンCが不足している人は皆無に近いのです。

 それでもビタミンCが体にいいというイメージができた背景には、ノーベル賞を2回受賞したライナス・ポーリングという化学者が関わっています。

 ポーリングは1970年の本「ビタミンCと風邪」ほか多数の本や論文を通じて、大量のビタミンCが放射線障害やがん、ストレスなどさまざまな問題に効くと主張しました。

 当然そんな効果はなかったのですが、ノーベル賞受賞者の熱心な呼びかけには大きな影響力があったようです。

 まじめな研究者たちは、繰り返し臨床試験を行ってポーリングの主張を検証し、ビタミンCの効果がないことを確認していきました。その結果、ビタミンCと風邪についての臨床試験の報告は70年代に急増します(表)。

 この数字は、前述の2012年の解析で採用された研究報告の件数です。これらを統合した結果、ビタミンCで風邪は予防できないと結論されているのですが、その議論の中で一節を割いて、1970年代に急増した研究には直接間接にポーリングの影響があったことが考察されています。

 振り返ってみれば、ポーリングにまじめに反論した研究者たちの努力はむしろやぶ蛇だったようにも見えます。ビタミンCの効果を否定しようとして、「ビタミンCと風邪」以後の10年間に、そのほかの時代すべてを合わせたより多くの論文が書かれ、ビタミンC論議は大いに盛り上がったわけです。

 70年代の研究者たちが仮に、ポーリングへの反論は最初の数件で決着とみなし、あとはポーリングが食い下がっても相手にしなければ、これほどビタミンCへの過信が高まっていたでしょうか?

 いまとなっては確かめようがありませんが、「話題になってさえいれば価値がありそうに見える」という現象は、のちの日本でもSTAP細胞や一部のコロナ治療薬候補をめぐって繰り返されています。

 それほどの過信はないと思いますか? 筆者の考えでは、ビタミンC過信はいまだ根強くあります。なにしろ「日本人の食事摂取基準」でさえ、壊血病予防に必要な量をはるかに超えて、1日あたり100ミリグラムを「推奨量」としているのですから。

 その解説には、ビタミンCを1日あたり「83.4ミリグラム」という数字とともに「心臓血管系の疾病予防効果」が「期待できることが疫学研究(…)で示されている」と明記されています。

 同じ文書の別の箇所には「生活習慣病の発症予防のためのビタミンCの量を策定するための科学的根拠は十分ではなく、目標量は設定しなかった」と書いてあるのですが、なんともややこしいことです。

 こういうややこしい議論についていけなくなった人が「ビタミンCなんかどうでもいい」と考えるよりも「で、いくら食べればいいの?」と反応することはたやすく想像できます。

 ほとんどの日本人はすでに必要量の数倍のビタミンCを毎日取っているという、もっとも重要な点が、ややこしい議論に埋もれてしまうのです。

 健康効果があるかないかで争われるものは無数にありますが、どうせ大した差がないとわかった時点で、決着をつけようとするのはやめたほうがいいと思います。

 だいいち、隣の人がビタミンC飲料を飲んでいるときにいちいちケチをつけても、ケンカにしかならないのではないでしょうか?

 筆者は幼いころからミカンが好きでした。ビタミンCうんぬんとは関係なく、ミカンはおいしい冬の楽しみです。わせのミカンはもうスーパーにも並んでいますね。これから来る冬本番も暖かくして、ミカンを食べて寒さをしのいでいきたいと思っています。

* Cochrane Database Syst Rev. 2013 Jan 31;2013(1):CD000980.(大脇幸志郎)

(表)ビタミンCと風邪についての臨床試験の報告数

1940年代  4

1950年代  3

1960年代  4

1970年代  34

1980年代  4

1990年代  8

2000年以降 6

大脇幸志郎
大脇幸志郎(おおわき・こうしろう)
1983年、大阪府生まれ。2008年に東大医学部を卒業後、「自分は医師に向いているのか」と悩み約2年間フリーターに。その間、年間300冊の本を読む。その後、出版社勤務、医療情報サイト運営を経て医師に。著書に「『健康』から生活をまもる」、訳書に「健康禍 人間的医学の終焉と強制的健康主義の台頭」。