吹奏楽部員13人の大冒険、最後まで自分たちらしく(奏でるコトバ、響くココロ)

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鹿児島・奄美市立朝日中学校

笑顔で生み出すハーモニー!!

 鹿児島県奄美大島は九州と沖縄本島のほぼ中間に位置する。この島にある奄美市立朝日中学校吹奏楽部はこれまで、九州大会に出たことがなかった。その離島のバンドが、最大50人まで出場できる全日本吹奏楽コンクール中学校の部に13人で出場するという奇跡を起こした。

 顧問の橋口通が2016年に赴任したときには20人以上の部員がいた。年々部員数は減少し、今年度は14人。コンクールには13人で参加した。使用する楽器はフルート、クラリネット、アルトサックス(ソプラノサックスとの持ち替え)、テナーサックス、バリトンサックス、ホルン、ユーフォニアム、打楽器。吹奏楽ではおなじみのトランペットやトロンボーン、チューバはない。

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 吹奏楽部の部長は3年生でクラリネットを担当する「マナミン」こと平野愛海(まなみ)だ。

 初めてコンクールに出場したのは中1のとき。県大会が行われる鹿児島市までは、奄美大島から船で11時間かかる。大変というよりは「旅行みたいで楽しい!」と感じたが、肝心の演奏では緊張にのまれ、気づいたときには終わっていた。

 「もっと演奏を楽しめばよかった」という後悔が残った。

 2020年のコンクールがコロナ禍で中止になったあと、マナミンは新部長に選ばれ、今年度を迎えた。部員数が減ったため、橋口は小編成部門への出場も考えた。しかし、部員と話し合い、「人数の少なさは関係ない。朝日中らしい演奏をしよう」と例年どおりA部門に出場することに決めた。

 課題曲は《吹奏楽のための「エール・マーチ」》を、自由曲は松下倫士作曲の《天女の舞~能「羽衣」の物語によるラプソディ》を選んだ。

 コンクールに向けて練習していく上で、マナミンは2年前の大会では演奏を楽しめなかったことを思い出した。

 「音楽は、やっぱり楽しんで演奏するのが大事だよね」

 朝日中吹奏楽部は、少人数だからこそ家族のように仲良しで、何でも話し合える関係だ。ときにはけんかをすることもあるが、必ず仲直りする。根っこではお互いを信頼しているからこそ、安心してけんかもできる。そして、みんな元気で、明るい。

 「私たちにとって『笑顔で生み出すハーモニー』が一番の強み。全員が笑顔になれるならきっと良いハーモニーが生まれるはず!」

 金賞よりも、代表よりも、美しい奄美の海のように笑顔をきらめかせよう。それがマナミンの目標になった。

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 7月29日の県大会は鹿児島市で開かれた。船酔いになった部員もいたが、無事に13人全員でステージに乗り、演奏を披露した。マナミンはコンクールの本番を楽しめたが、力を発揮できずに悔し泣きしている部員がいた。

 「全員で笑顔になることはできなかったなぁ……」

 心に抱いていた目標を達成できず、マナミンは残念に思った。

 ところが、ネットで発表された審査結果は金賞。しかも、初めて県代表として九州大会に出場することが決まったのだ。九州大会は「違う世界にあるもの」と思っていたマナミンは驚き、泣きながら仲間たちと喜びあった。

 8月21日の九州大会の会場は福岡市だった。船に加えてバスに5時間乗った。道中は遠足のようにワイワイおしゃべりをし、大会前日にはリラックスするために橋口の発案で鬼ごっこをした。

 本番は全体としては集中した良い演奏ができたが、マナミン自身は調子が出ず、悔しさが残った。

 「今回は私が笑顔になれなかった……」

 肩を落としながらホテルに帰った。

 夕食のとき、ネットで審査結果を確認した橋口が発表した。

 「奄美市立朝日中学校……、ゴールド金賞!」

 13人の部員は「わぁっ!」と声を上げた。橋口は続けた。

 「九州代表として全日本吹奏楽コンクールに出場する団体を発表します。奄美市立朝日中学校!」

 悲鳴のような叫び声が上がった。マナミンも気がつくとみんなと一緒に声を上げ、涙を流していた。

 初の九州大会で、初の全国大会も決まった。奄美からは44年ぶりの快挙だ。13人の小さな吹奏楽部が奇跡を起こしたのだ。

 「次こそは全員で笑顔になれるようにがんばろう」

 マナミンはそう心に誓った。

     ♪

 10月23日。13人の朝日中吹奏楽部は全国大会の会場である名古屋国際会議場センチュリーホールへやってきた。

 すべてが初めて経験することばかりだ。みんなが緊張していないかマナミンは心配したが、聞こえてきたのは「おなかすいたね」「今日の夜ご飯って何かな?」という、いつもの会話だった。

 出演順は前半の部の2番。舞台袖で待機していると、1番の兵庫・加古川市立中部中学校の演奏が聞こえてきた。人数も、サウンドも、朝日中とはまったく違う。だからといって、部員たちは萎縮したりせず、中部中の演奏に合わせて体を揺らしていた。

 「こんなすごい学校と同じ舞台で演奏できるなんて楽しみ!」

 マナミンもワクワクしてきた。

 いよいよステージへ。巨大なホールの中の13人。大洋に浮かぶ奄美の島のようだ。でも寂しさも、心細さも、緊張もなかった。

 橋口の指揮で、課題曲が始まった。いつもどおりの朝日中のサウンドが会場に響いていくのを感じ、マナミンはうれしくなった。笑顔を浮かべながら演奏している部員も見えた。

 「あぁ、私たち、全国大会で音楽してるんだな……」

 そんな感慨が浮かんできた。

 続く自由曲の演奏中には、客席にいる両親や祖父母、お世話になった奄美の人たちの姿が見えた。

 島ではたくさんの人が励まし、応援してくれた。全国大会に参加するための多額の旅費などは、島内外からの寄付や保護者の物品販売でまかなわれた。

 「ここに来られたのは私たちだけの力じゃない。音楽で感謝を届けよう!」

 マナミンは思いを込めてクラリネットを吹き鳴らした。

 演奏が終わると、拍手を浴びながらステージを後にした。

 「楽しかったね!」

 部員たちの声が弾んだ。今日は全員が笑顔。「笑顔で生み出すハーモニー」というマナミンの目標がようやく達成できた。

 ホテルに戻ってから、橋口が審査結果を発表した。銀賞だった。

 いままでのように叫び声は上がらなかった。けれど、自分たちがやりたいこと、やるべきことはしっかりやれた。演奏や経験に納得していない者は誰もいない。最高の全国大会だった。

 笑顔で始まり、笑顔で終われた。笑顔で奄美に帰ろう。

     ♪

 小さな吹奏楽部の大冒険は終わった。

 この中でマナミンに大きな変化が起きた。いままでは「部活」が好きだった。課題曲と自由曲を突き詰めて練習し、大きな舞台を踏んだいまは「演奏」が好きになった。吹奏楽という「音楽」が好きになった。

 実は、県大会前までは「吹奏楽は中学まででやめよう」と思っていた。いまはこう考えている。

 「こんなに楽しい吹奏楽は、やめられない!」(敬称略)

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 第69回全日本吹奏楽コンクールのすべての演奏を全日本吹奏楽連盟と朝日新聞社はインターネットでライブ配信しています。10月30日は大学の部、31日は職場・一般の部です。申し込みは演奏当日まで専用サイト(http://t.asahi.com/wband2021別ウインドウで開きます)で受け付け中。

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 オザワ部長 吹奏楽作家。1969年生まれ、神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。自らの経験をいかして「みんなのあるある吹奏楽部」シリーズ(新紀元社)を執筆。吹奏楽ファンのための「吹奏楽部」をつくり部長に。