42歳、アフロは一途 立場、限界…勝手に見切るのやめません?

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金子智彦
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 41歳にして、結果がすべての「プロ」の契約書にサインした。アフロヘアの点取り屋にちゅうちょはなかった。

 40代といえば人生の折り返し地点だ。大抵の大人ならば、進むべきか、引くべきか迷うだろう。怖くはなかったのか。

 「社会的な立場とか、自分の限界とか、勝手に見切ってあきらめるの、やめません? 楽しんでいるときが一番強いんですよ」

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 9月に開幕したサッカー女子のプロ「WEリーグ」、ちふれASエルフェン埼玉のFW荒川恵理子。もちろん、リーグ最年長選手だ。日本代表(なでしこジャパン)で72試合20得点。それなのに、女子サッカーにようやく日が当たった2011年の「なでしこフィーバー」のときは蚊帳の外に置かれた。

 最も脚光を浴びたのは15年以上前のことだ。

 04年アテネ・オリンピック(五輪)のアジア最終予選、13年間勝てていなかった強豪の北朝鮮戦で値千金の先制ゴール。2大会ぶりの五輪出場と8強入りに貢献した。

 当時、東京都練馬区の実家近くのスーパーで夕方までレジ打ちの仕事をし、その後練習場に通う日々を送っていた。

 派手な髪形も相まって、五輪での活躍後、テレビのワイドショーなどではやされた。元日のスーパーの折り込みチラシに晴れ着姿で登場した。身分はアルバイトから嘱託社員へ。給料も時給から固定給に。08年北京五輪でも4強入りを果たし、その翌年、ドラフト指名を受けた米プロリーグ(WPS)にも挑戦した。

 しかし、佐々木則夫監督の下、なでしこジャパンがまさに飛躍を遂げようとしていた時――。11年ワールドカップ(W杯)ドイツ大会の4カ月前、左すねに7カ所も疲労骨折が見つかった。全治7カ月。当時31歳。なでしこ世界一の快挙はテレビで見届けた。

 「うれしい気持ちと、悔しい…

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