第3回連行された妻、疑う夫「拘束中どうやって妊娠した?」 家族も壊れた

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其山史晃
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 2012年10月、シリアの首都ダマスカスでブライダル衣装のデザイナーだった女性バスマ(45)は、生地の買い付けに向かうためにバスに乗り込んだ。ハンドバッグには、生地選びで合わすためにゴールドのブレスレット8個にネックレス2本、指輪3本が入っていた。

 「バッグの中を見せろ」。出発の直前、アサド政権軍の兵士が乗り込んできた。バスマがバッグの口を開けてみせると、兵士は言った。「降りろ」

 バスマはほか乗客3人とバスから降ろされると、すぐにバッグを取り上げられた。両手を縛られ、ショールで顔を覆われた。「何の理由があってこんなことをするの」。バスマの頭を押さえつけて車に乗せながら、兵士は答えた。「黙れ。お前はテロリストの支援に向かうところだったんだ」

 中東の民主化運動アラブの春」がシリアに及んだのが11年3月。アサド政権の支配に反対する大規模デモが起きたが、一度も参加したことはない。この日の連行は、16年までに4回経験することになる拘束の1回目となった。

 施設に着くと、手を縛られた状態で椅子に座らされた。少し離れた場所から、「触らないで」という若い女性の叫び声が聞こえた。自分の娘のことを思いだし、涙があふれた。

「今世紀最悪の人道危機」とも呼ばれるシリア内戦。アサド政権下で数万人規模の市民が姿を消し、秘密施設での拷問によって多数の死者が出ていたという報告があります。この疑惑についてアサド政権は完全否定しています。24人の元収容者がシリア国外で語った証言から実態に迫りました。

続く拷問、薄れる記憶

 布で目隠しされていたが、尋…

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