第4回「壁に耳あり」の密告社会、体制支える相互不信 「スパイになれ」
「一緒に来てくれるか」。2017年7月26日の午後11時。シリア南部ダラアに住んでいた女性シャム(26)の自宅を私服姿の5人の男が訪れた。
男たちは治安機関の一つ「空軍情報部」を名乗った。一人が「薬の専門家が必要なんだ」と言い、アサド政権の軍病院で薬剤師として勤めていたシャムを外に連れ出そうとした。「行かせない」と立ちはだかった母親は、男たちの脇から出てきた迷彩服姿の兵士に力ずくで押しのけられた。
「これは悪夢なんだ」。押し込まれた車の中でシャムが泣き始めると、兵士が怒鳴った。「うるさい。お前の声なんか聞きたくない」
連行された施設の房内のコンクリート壁には何か削った跡があった。暗くてよく見えなかったが、触ってみると、何人もの氏名と、その横に「死亡」「殺害」と彫られているのがわかった。収容されていた人が、ここで誰が死んだのかを伝えようとしたようだった。
別の施設に身柄を移され、尋問が始まった。雑居房で一緒に収容された4人の女性からは「気持ちを強く持って、自分を信じて」と励まされた。かけられた容疑は、アサド政権軍と戦う反体制派の武装組織に病院の情報や薬品を横流ししたという全く身に覚えがないものだった。
「今世紀最悪の人道危機」とも呼ばれるシリア内戦。アサド政権下で数万人規模の市民が姿を消し、秘密施設での拷問によって多数の死者が出ていたという報告があります。この疑惑をアサド政権は完全否定しています。24人の元収容者がシリア国外で語った証言から実態に迫りました。記事後半では、シャムが拘束された理由が明らかになります。治安機関の職員が口にしたある女性の名前とは…。
「売られたんだ」
否認すると、尋問官はシャム…
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