長距離飛行に挑んだ戦前の翼 朝日新聞社機「A26」 岐阜で企画展

阿部英明
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 朝日新聞社が1940年、初代神武天皇の即位から2600年とされたこの年に東京―米ニューヨーク間の無着陸飛行を計画し、設計した長距離飛行機「A26」。初公開となる当時の飛行映像や、機体の設計図面、関連資料などを集めた企画展「もっと遠くへ~長距離飛行に挑んだA26~」が、岐阜県各務原市の岐阜かかみがはら航空宇宙博物館で開かれている。

 戦前の航空業界は、各国で冒険飛行や記録飛行が盛んで、日本では新聞社が開発競争をリードしてきた。

 A26は2機製造されたが、2号機はドイツへ向かう途中で消息を絶った。1号機はその後、非公式ながら長距離飛行の世界記録を樹立した。

 企画展では、長距離飛行をめぐる各国の研究や実績をパネルや模型で紹介。朝日新聞社が提供したA26の飛行映像や機体の設計図面、技術報告書などの資料を展示した。

 2号機は43年、各務原飛行場で重装備離陸試験(過荷重試験)をしていて、当時の結果報告書も展示。滑走路が機体の重さでへこんだため、滑走路の強度を高める必要があると指摘している。

 また、記録飛行中のA26の機長が空からの景色や操縦席の様子などを記したメモも展示した。

 見学に訪れた各務原市の男性会社員(56)は「A26の存在は知らなかった。戦争中に新聞社が競い合って飛行機をつくったのは、いち早く報道したいということなのだろう」と話した。

 オープニングセレモニーで永井聡副館長は「A26は日本の航空史に不滅の足跡を残した。その時代背景と開発に携わった人たちの熱い思いを感じながら見てほしい」とあいさつした。

 朝日新聞社の前地昌道航空部長は「A26の2号機はインド洋で行方不明になるという悲劇があった。機能的に優れた美しい機体だが、(軍の無謀な計画に使われるなど)使い方を間違えると悲しい歴史を生んでしまう。大きな教訓だと思う」と話した。

 この日は、朝日新聞社元航空部長の鈴木明治さんが「A26 見果てぬ夢」と題して講演し、A26の歴史を当時の新聞記事からたどった。

 企画展は21日まで(16日休館)。入館料(大人800円、高校生、60歳以上500円)が必要。問い合わせは博物館(058・386・8500)。(阿部英明)