熊本・産山とタイ交流30余年 コロナ禍にオンラインでつなぐバトン

城戸康秀
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 ネット端末越しに英語で交流――。熊本県産山村とタイの首都バンコクの児童・生徒がこの秋、30年あまり続く「ヒゴタイ交流」のバトンをつないだ。派遣生を互いに送り、受け入れる形で絆を深めてきたが、昨年度と今年度はコロナ禍で相互派遣は中止。それでもできることはあるはずと、初のオンラインによる対話に挑んだ。

 夏の高原に瑠璃色のボール状の花を咲かせる村の花ヒゴタイ。その名前に「肥後」と「タイ」の縁が長く続くようにと願いを託し、ヒゴタイ交流は1988(昭和63)年に始まった。

 当時の教育長が「姉妹校交流ができる海外の交流先を紹介してほしい」と農林水産省に相談。タイ政府に派遣されていた国際協力事業団(現国際協力機構、JICA)専門家が仲介し、バンコクにある国立カセサート大学付属中学校と産山村の間で姉妹校協定が結ばれた。

 88年10月、カセサート校から生徒4人が来日して村で3週間あまりを過ごし、翌89年夏には村の生徒4人がタイを訪れた。以来、10年目などの節目には派遣生を増やすなどしながら交流を深めてきた。

 2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行で相互派遣が中止されたことがあった。新型コロナウイルスの感染拡大では2年連続で中止が決まった。昨年度は双方の校長ら教員によるオンライン会議を開くにとどまり、今年度は何とか生徒同士の交流を実現しようと準備が進められたという。

 オンライン交流は9月28日にあった。タイではこの夏、新型コロナの感染拡大でカセサート校の生徒たちは全員自宅でリモート授業を受けており、この日も生徒49人は自宅から参加した。一方、小中一貫の義務教育学校である産山学園側は6年生から9年生の児童・生徒48人が参加。新型コロナ対策のため教室や図書室に分散し、ネット端末に向き合った。

 産山学園の生徒らは地元の名所紹介などのメモを用意していたが、やりとりが始まると、カセサート校の生徒たちが発するスピード感のある英語に苦戦。40分ほどの対話を「See You」と締めくくると、9年生の生徒も「難しいーっ」と頭を抱えた。

 鈴木水生(みずき)君(15)もその1人。2人の姉と兄は派遣生としてタイに行っており、一家はホストファミリーとしてカセサート校生を受け入れてきた。自らもタイに行きたいと思っていたが、果たせなかった。「それでもできることをやろう」と臨んだオンライン対話だったが、「実際に向かい合って話すとわかり合えるのに、画面越しだと言いたいことを伝えるのが難しかった」。それでも「こういう経験は将来、役に立つと思う」という。

 今村貴文校長は「予想していた通り、生徒たちは緊張もあって『聞き取れない』『言葉が出てこない』ことに苦労していた。『ダメだ』と分かることも勉強。次こそはと英語を学ぶ意欲を持ってくれればいい」と、今後の頑張りに期待を込めた。

 交流を担当する井(い)多恵教諭(35)は産山中学校の卒業生。00年夏の派遣生としてタイで過ごし、19年には生徒4人を引率して再訪した。国際的な人材育成もめざすヒゴタイ交流を体現する一人といえる。井教諭は「交流は学校の外にも広がり、私はタイにも家族ができたと思っている。後輩たちには英語だけでなく人としてのつながりや温かさを学んでほしい」と話していた。(城戸康秀)