「アメジョ」と子どもと反基地と 根深い差別、それぞれに

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コラム「沖縄季評」  国際政治学者 山本章子さん

 「アメジョ」という言葉がある。米兵と付き合う日本人女性を指す、沖縄では一般的な呼び方だ。今年9月に日本語訳が刊行された日系アメリカ人ジャーナリスト・作家のアケミ・ジョンソンのデビュー作『アメリカンビレッジの夜 基地の町・沖縄に生きる女たち』には、アメリカ文化や英語、米軍基地での仕事に憧れ、とりわけアフリカ系アメリカ人男性と好んで付き合いたがる沖縄のアメジョたちが登場する。

 やまもと・あきこ 1979年生まれ。琉球大学准教授。専攻は国際政治史。「日米地位協定」で石橋湛山賞を受賞した。

 アメジョは、別に沖縄特有の存在ではない。私が大学進学で上京した約20年前は、ヒップホップの全盛期で本場の音楽や踊りを求めて黒人米兵の集まる厚木市神奈川県)のクラブに出入りする日本人女性が一定数いた。現在のアメジョと同じく、体のラインがわかる服にハイヒールをはいた口紅や眉墨の加減が独特な女性たちは、そこに集まる黒人米兵との出会いも楽しんでおり、日本人には見向きもしない。彼女らのナンパに失敗した日本人男性たちからは「ブラパン」と陰口をたたかれた。ブラック(黒人)のパンパンの略である。

 パンパンとは、アジア太平洋戦争で降伏した日本を占領した、連合軍兵士の相手をする日本人売春婦を指す言葉だ。半世紀以上前の呼称を、歴史の勉強に縁のなさそうな若者がどうやって知るのかは謎だが、そこに込められた差別や悪意は占領期当時と変わらない。

 それに比べればアメジョは、まだましな呼称とも思える。沖縄でも1945年から72年までの米軍占領下で、金銭目的ではなしに米兵と付き合う地元女性も周囲からパンパンと呼ばれ、生まれた子供も「パンパンのワラバー(沖縄の言葉で「子供」の意味)」と蔑(さげす)まれた。

 だが、パンパン扱いではなく…

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