副葬品出土から8年たっても国宝級新発見 カギは「インドア発掘」

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今井邦彦
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 2013年、墳丘そばの地中から馬具などの副葬品が大量に出土した福岡県古賀市の船原(ふなばる)古墳。今年9月、その中から「冠帽(かんぼう)」と呼ばれるとさか状の装飾があったらしい冑(かぶと)が見つかったと、古賀市教委が発表しました。同古墳では昨年も、玉虫の羽を挟み込んだ「国宝級」の馬具が発見され、話題になっています。なぜ、調査から8年経った今も新発見が続いているのでしょう。カギは最新技術による「インドア発掘」にありました。

船原古墳とは

 福岡県古賀市東部の丘陵上に位置する前方後円墳(国史跡)。石室の形や出土品から6世紀末~7世紀初めに築かれたとみられ、推定全長は約45メートル。墳丘の西で副葬品を収めた土坑が見つかり、鉄板をつづった冑や甲、漆塗りの弓、金銅板や玉虫の羽、ガラスなどの装飾がついた6組以上の馬具など豊富な副葬品が出土した。その中には朝鮮半島東部の新羅や南部の加耶(かや)などからもたらされたとみられる物が多く、被葬者が海上交通を得意とし、近畿の大和王権と朝鮮半島の外交、交易を仲介した首長だったことがうかがえる。

 船原古墳は1996年の発掘調査で、横穴式石室の構造から6世紀末~7世紀初めごろの古墳と推定されたが、石室は盗掘されていてわずかな出土品しかなかった。2012年から圃場(ほじょう)整備のために周囲の発掘調査が始まり、翌年3月、古墳のすぐ西で長さ5・6メートルの溝状の土坑(穴)が見つかった。掘り進めて行くと、馬に乗るための鞍(くら)やあぶみ、くつわなどの馬具が次々と姿を現した。

 「相当な数の遺物が出そうだと思い、すぐに県の文化財保護課と相談をして、馬具や出土品の保存の専門家に見に来てもらいました」と古賀市教委文化課の甲斐孝司・業務主査は振り返る。

土を丸ごと取り出し3D計測

 当時、九州国立博物館(九博、福岡県太宰府市)で資料の保存・分析科学を研究していた今津節生・奈良大教授も、その時に招かれた一人だった。馬具の間に、木製品に塗られた漆が顔をのぞかせているのを見て、「これはすぐに掘り出さない方がいい」とアドバイスしたという。

 今津さんは07~08年、岡…

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