平安宮内裏の建物跡を初発見 枕草子や源氏物語にも登場

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小松万希子
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 平安京の宮城「平安宮」で天皇が暮らした「内裏(だいり)」の殿舎跡とみられる遺構が初めて見つかった。京都市埋蔵文化財研究所が同市上京区で発掘を行い、調査報告をまとめた。「枕草子」や「源氏物語」など平安文学の舞台となり、皇后ら女性たちが住んだ「登華殿(とうかでん)」と「弘徽殿(こきでん)」とみている。

 登華殿は、平安中期の10世紀後半に一条天皇の正妻・定子(ていし)が暮らした後宮だ。枕草子で、定子に仕え始めて緊張する清少納言が明け方に仕事を終え、「登華殿の御前は、立蔀(たてじとみ)近くてせばし。雪いとをかし」(登華殿の庭はついたてが近くにあって狭いが、雪景色はとても素敵だ)と息をつく記述がある。995年に関白・藤原道隆や皇太子妃になった娘らが登華殿を訪れて、定子に面会した時の様子をつづった段もある。

 弘徽殿も枕草子に登場するほか、源氏物語で光源氏や母・桐壺更衣(きりつぼのこうい)をねたむ悪役「弘徽殿の女御(にょうご)」がいた場所として知られ、光源氏と朧月夜(おぼろづきよ)の密会場所としても描かれる。

 市埋文研によると、発掘調査は2015年、二条城の北西約500メートルの同市上京区東神明町の約145平方メートルで実施し、すでに埋め戻した。現在は老人ホームが建っている。

 調査の結果、地中約1メートルから、約3メートル間隔で南北に並ぶ掘立柱(ほったてばしら)建物用の柱穴5基や、屋根から落ちる雨水を排水するための「雨落溝(あまおちみぞ)」とみられるL字形の石組みなどが見つかった。

 一緒に出土した土器の年代か…

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