あの北海道の「木彫り熊」、きっかけは尾張の殿様 名古屋で企画展

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三木一哉
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 近年人気がじわり高まる「木彫り熊」。大正後期からの生産地として知られる北海道南部の八雲町の郷土資料館が所蔵する約40点が津軽海峡を渡り、名古屋大学博物館(名古屋市千種区)で11月30日から始まる「木彫り熊展」に出品される。主催は同館と八雲町。この実現の背景には八雲町と名古屋との意外なつながりがあった。

 1922(大正11)年、ある人物が旅先のスイスで土産物の木彫り熊を買い、翌年、八雲町にもたらした。尾張徳川家19代当主、徳川義親(よしちか)だ。

 八雲町には、明治初期に旧尾張藩主だった17代当主の慶勝(よしかつ)が旧藩士を八雲町に集団移住させ、そうした人たちが開拓した歴史がある。尾張徳川家当主が経営した農場は西洋農法を採り入れ、旧藩士の生活を支えた。

 大正後期は経済恐慌に襲われ、農民の暮らしは厳しかった。23年に、農民にスイスの土産物の木彫り熊を見せ、制作を奨励したのが義親だった。農閑期の貴重な現金収入になるうえ、芸術的素養を高めて暮らしを豊かにしようという考えだった。

 義親は、酪農への転換や土地改良などによる農民の生活改善に取り組んだ。それだけでなく、精神面の豊かさにも関心をはらい、当時の農民美術運動にも共感した。昭和初期には「農民美術研究会」をつくり、品評会を開いて木工制作を勧め、販路開拓を支援。木彫り熊は東京や長野などでも売られた。

 太平洋戦争で作られなくなっ…

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