親方デビューの白鵬 協会から誓約書も…孤独な存在にならないで
番付表からしこ名が消えた横綱白鵬が、間垣親方として再スタートを切った。十両の頃から白鵬を見てきた相撲リポーターの横野レイコさんに、土俵人生を振り返るとともに今後への期待を語ってもらった。
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引退会見の最後に、長く取材をしてきた白鵬に記者クラブを代表して花束を渡しました。会見が終わった安堵(あんど)からか、ほっとした表情が印象的でした。
会見はいつもの白鵬ではなく本当に緊張していましたね。話すのが得意な横綱が数枚のメモを広げて、棒読みの場面もあって、普段との違いにびっくりしました。
それだけ、前日の誓約書の影響が大きかったのだと思います。
日本相撲協会は白鵬の年寄、間垣襲名の条件として、「相撲道から逸脱した言動をしない」などとする誓約書を用意し、サインをさせました。
その前日に開かれた年寄資格の審査委員会では、今後10年間は師匠にさせるべきではないといった意見も出ていたと言います。
横綱として長く相撲協会を支えてきた白鵬に対して異例の誓約書はちょっとやりすぎではないかとの印象も受けました。
相撲協会の中にはこれまでの白鵬の言動を快く思っていない人は少なくありません。
親方として協会でいずれ上にあがっていく時に、自分たちが大切に守ってきたものを白鵬流に変えられてしまうのではないかという危機感を抱いている親方衆もいるでしょう。
誓約書はそういうことへの重しの意味があるのかもしれません。
名古屋場所の千秋楽。白鵬が最後の相撲と決めた一番に、彼の生き様が出ていたと思います。
エルボーや張り手。ああいう相撲が最後になったのは残念であり、複雑ですね。
横綱を務めた14年余の中には、相手を受けてから、自分の形に持ち込んで最後は勝つ「後の先」を試みた時期もありました。
引退を決めていたのなら、横綱らしく「後の先」で勝負する選択肢はなかったのでしょうか。きっと、横綱相撲より全勝優勝したかったのでしょうね。
まあ、その気持ちがあるからこそ45回の優勝を生んだと思うし、ある意味、白鵬らしいとも思いました。
「土俵の上では手を抜くことなく、鬼になって勝ちにいくことこそが横綱相撲と考えていました」と引退会見で答えた通り、白鵬の思う横綱相撲だったのでしょう。
白鵬の横綱としての実績には「一代年寄」をもらうのに十分なものがありました。
一代年寄とは年寄名跡がなくても、本人一代に限って現役時代のしこ名で親方になれる特権で、過去に大鵬、北の湖、貴乃花が授かってきました。しかし、協会の有識者会議が今春、「根拠がない」と存在自体を否定する提言書をまとめていました。
これは、あまりに唐突で強引な印象が否めず、白鵬の引退を視野に入れたものだと感じた人も多かったと思います。
提言書には「(一代年寄は)公益財団法人としての制度的な裏付けとは整合しない」とあります。いつも協会が白鵬を怒るときは「伝統」を持ち出すのに、こういう時だけ「公益財団法人だから」と言われても白鵬も混乱しますよ。
協会はもっと丁寧に白鵬本人には説明してあげるべきだと思います。これまでの白鵬の言動により「一代年寄」に値しないなら、せめて、引退のときには気持ちよくねぎらいの言葉をかけて送り出してあげて欲しかったですね。
白鵬が横綱だった14年間余は相撲協会にとって不祥事が続いた苦しい時期でもあり、一人横綱として土俵を守り、結果を残してきたことは事実なのですから。
私は白鵬が十両の頃から取材で接してきました。番付が上がるとともに相撲愛が深くなり、横綱になってからはその責任の重さと向き合う姿を間近で見てきました。
問題視された言動は、国民性や文化の違いが生み出した面もあったと思います。
15歳で日本に来た白鵬は、日本や大相撲の文化を周りから習い、自ら動画を見て、書物を読んで積極的に相撲を学んできました。
しかし、若くして横綱になり、周囲は叱ったり、教えたりしづらくなったことも彼にとっては不幸だったのかもしれません。
我々報道陣も同じです。「流暢(りゅうちょう)に日本語を話す横綱だから知っているだろう」という前提で、日本語で質問を続けます。頭の良い白鵬は、知らない単語があっても、前後の脈絡からある程度の内容を理解して答えていた。
本当は、わからないことがたくさんあったのではないでしょうか。ある振る舞いが世間で問題視された後、白鵬が私に「それは知らなかった。そんなこと、誰も教えてくれなかった」と言ったことがありました。
これから親方としても、知らないことはきっとたくさん出てきます。だったら、先輩親方に聞けばいい。
横綱としてのプライドがあるでしょうし、周囲も意見しにくいこともあると思いますが、白鵬には、孤独な親方になってほしくないので、いち親方としてみんなのところまで降りてきてほしいですね。
誰からも愛される、親しみのある親方になってほしいと心から思います。現役時代から石浦、炎鵬、北青鵬を育てるなど、すでに「指導者」としても結果を出している白鵬が親方に専念してさらにどんな弟子を育てていくのか。
白鵬自身の素直さにかかっている気がします。「相撲から離れれば私は何もできない」と語った言葉を忘れず、親方としての相撲道を歩んでもらいたい。楽しみですね。