動物たちの「長いおるすばん」 帰れぬ福島への思い、2冊の絵本に

加戸靖史
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 「カン、カン、チャラン。カン、カン、チャラン」。今年9月に出した2作目の絵本「カミナリおじさん」(文芸社)は、こんな音とともに始まる。

 紙芝居屋のおじさんが鳴らす拍子木だ。どこか不思議な雰囲気をまとうおじさんと、子どもたちの一夏の交流を描いた。

 作者の志賀伸子さん(81)=大阪府堺市=は、あの音を聴くたび、お小遣いを握りしめて走った。福島県東部で育った幼い自分の姿を投影した。「地元の知人たちは、この絵本で思い出話に花を咲かせたそうです」とはにかむ。

 福島県東部の浪江町で、ともに退職した夫と暮らしていた。南東に9キロ離れた東京電力福島第一原発が事故を起こした2011年3月、人生が一変した。

 東日本大震災の翌日、「とにかく逃げろ」と聞き、飼っていた柴犬(しばいぬ)のランを車に乗せて自宅を離れた。山あいの体育館や福島空港で寝泊まりを繰り返した後、娘がいる堺市へ避難した。

 ショックだったのは、堺で暮らすための口座を開こうとした時だ。福島からの避難者だと告げると、二つの銀行で手続きを拒まれた。後に銀行は謝罪したものの、明確な理由は今もわからない。原発事故のせいなのかと思うたびに胸がうずく。

 放射性降下物が拡散した浪江は自由に立ち入れなくなった。夫と余生を楽しむつもりだった自宅の庭は荒れ、知人も散り散りに。やり場のない憤りを抱えていた時、文芸社が絵本の原稿を募集していると知った。一気に書き上げた「長いおるすばん」は19年に出版された。

 突然の原発事故で、犬のランは飼い主の少年と離れ離れになる。豚、ニワトリ、牛。ランは残された仲間たちと力を合わせ、生きていこうとする。

 実際のランは5年前に天寿を全うしたものの、被災地では事故後、多くの動物が置き去りのまま餓死した。浪江に一時帰宅した時、草むらから突然現れ、人の姿に喜ぶようにすり寄ってきた豚のことが忘れられない。鎮魂の思いが筆を動かした。

 初めての絵本だったが、反響は大きかった。「涙を流して読んだ」。仙台市在住の歌手、さとう宗幸さんもそんな感想を寄せてくれた。

 遠い堺では、多くの子が事故のことをよく知らないのが実情だ。「忘れてはいけない。原発がある限り、こういうことがあることを知ってほしい」

 「私たちの人生、何だったのだろう」。同世代の同郷の友人と話すとつい口に出る。戦争の影響が残る時代に育ち、懸命に働いて得たすみかは奪われた。

 次作を書くと決めたわけではないが、このまま黙って人生の終わりを迎える気はない。「ただぼーっとして生きていくのはいや。何かを残せれば」(加戸靖史)

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 しが・のぶこ 1940年生まれ。国鉄職員だった父の転勤に伴い、埼玉、福岡、福島、宮城各県で過ごす。福島大卒業後、福島県内の中学校に国語教諭として勤務した。現在は堺市堺区在住。絵本「長いおるすばん」(絵・石黒しろう、税込み1210円、電子版もある)と「カミナリおじさん」(絵・手塚けんじ、同1100円)は書籍販売サイトなどで販売中。問い合わせは文芸社(03・5369・3060)。