第6回大谷翔平を子ども扱いしてきたエンゼルス 活躍を産んだ球団の変化 

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聞き手・構成 遠田寛生
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 大リーグ大谷翔平はどんな存在になったのか。日米プロ野球で活躍し、解説者として最前線にいる元大リーガーに聞きました。

ヤクルトでもプレーした大リーグ解説者 レックス・ハドラーさん

 エンゼルスの大谷翔平が成し遂げたことは、とてつもないよ。

 このような選手を、我々は大リーグで見たことがなかった。野球ファンだけでなく、日本の人々は彼の活躍を誇りに感じてほしい。

1960年9月2日、米アリゾナ州生まれの61歳。78年のドラフト1巡目(全体18番目)でヤンキースと契約。カージナルスやエンゼルスなど大リーグで計13シーズンを過ごし、774試合出場で56本塁打、107盗塁。93年には日本のプロ野球のヤクルトでプレーした。現在はフルタイムで大リーグ・ロイヤルズのテレビ解説者を務めている。

 何かとベーブ・ルース(主にヤンキース)と比較されることが多いが、大谷の方が上だ。

 ルースには走力がなかった。大谷は100マイル(約161キロ)を投げ、とてつもない打球を放ち、ものすごい速さでベースを回る。

 正直、彼が渡米してきた2018年には、このような活躍は想像できなかった。

 これまでエンゼルスは、子ども扱いしすぎたと思う。赤ん坊のように大事に、大事にしすぎたんだ。

 指揮したジョー・マドン監督をたたえたい。彼が大谷を取り囲んでいた制約をほとんど取り除いた。

 そうしたら、大谷は実力を世界に示した。彼のすごさを話すだけで、鳥肌が立つんだ。

 1993年、ヤクルトでプレーした9カ月を私は一生忘れない。偉大な野村克也監督の下で、自分は野球選手としてものすごく成長できた。

 私は日本の野球、野球関係者をとても尊敬している。精神的にとてもタフで、試合に向けた準備、取り組みがすごく好きだ。

 細かい点にまで注意し、こだわる姿勢も素晴らしい。

 「イチ、ニ、サン、シ」。あのかけ声の中で練習した日々が懐かしいし、本当に好きだった。

 大リーグ全体は大谷を温かく…

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