「今が青春!」の91歳、写真が国際展で次々入選 その秘訣は

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細見卓司
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 70歳からカメラを始め、その巧みな手腕で海外の公募展で次々と入選を果たしている91歳の女性が大阪府内にいる。太平洋戦争の終戦を迎えたとき、女性は15歳だった。「戦争で青春を味わえなかった。今が本当の意味での青春やね」。カメラで被写体を収める日々を楽しんでいる。

 高槻市の倉田種子さん(91)は1930年、農家の長女として同市で生まれた。太平洋戦争中の大きな被災はなかったが、いつも空襲警報が鳴り響いていた。終戦の約1年前は学徒動員で軍需工場で働いた。

 終戦を迎え、高等女学校を卒業後は農業の手伝いをしながら洋裁や華道、手芸を習った。製紙工場に勤務していた23歳のときに結婚し、3人の子どもに恵まれた。75年からは自宅で編み物教室を開いた。

 97年11月、夫(当時69)と義母が相次いでがんで亡くなった。結婚してからも、外でむやみに出歩くのを同居していた倉田さんの両親が好まず、自宅にいることが多かったという。1カ月の間に身内を2人も亡くしたことで、よりふさぎ込むことが多くなった。

心奪われた一枚

 転機が訪れたのは2000年、70歳の時だった。たまたま立ち寄った大阪府茨木市内の写真展で見たあるカメラマンの一枚の写真に心を奪われた。画像を重ねる手法として知られる「多重露光」を用いて、花と虹を合わせたような一コマに新鮮さを感じた。

心を奪われた一枚の写真をきっかけに、倉田さんはある決断をします。それ以降、めきめきを写真の腕をあげ、海外の公募展で入選することが相次ぎました。その秘訣も紹介します。

 倉田さんの夫もカメラが好き…

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