第87回【新聞と戦争・アーカイブ】表現者たち:4

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【2007年10月18日夕刊2面】

 中国戦線の陣中にいる火野葦平は1939年2月下旬、朝日新聞に「戦友に愬(うった)ふ」というタイトルで3回連載の文を寄せた。「私はこの頃考へだすと夜も眠れないことがある」という書き出しの、切迫感に満ちた文である。

 戦争が始まって1年半、日本に帰還した兵士の中には、戦場での苛烈(かれつ)な体験から社会生活に溶け込めずに犯罪を起こす事例が相次ぎ、深刻な社会問題になっていたようだ。葦平は内地からの手紙やうわさでそれを知っていたとみられる。

 「(兵隊は)戦争からあまり喜ばしくない影響も受けてゐるのである。(中略)我々兵隊は言語に絶する衝動を受けて、神経に異状を来し、頭の調子は狂つてしまつてゐると称しても差支(さしつかえ)ないのである」「戦争の凄烈(せいれつ)の面貌(めんぼう)に負けまいとする兵隊の反発が、一面においては或(あ)る粗暴の半面を現した」「生命を賭けてゐるのだから、少々のことはしてもよい、といふ気持がいけないのである」

 ちょうど朝日夕刊に葦平の「…

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