第89回【新聞と戦争・アーカイブ】表現者たち:6

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[2007年10月22日夕刊2面】

 戦局がいよいよ厳しくなった1945年春、海軍報道部・高戸顕隆(あきたか)大尉は、大物の作家を報道班員に選び、戦地を見てもらおうと考えた。これまでのような中堅クラスでない大家だ。意を受けた部下はまず東京・世田谷の志賀直哉を訪ねた。

 60歳を超した志賀は、私の体力ではとても任に堪えない、と言い、問いに答えて、横光利一は大きくか小さく書くでしょう、川端康成なら正しく書くでしょう、とアドバイスした(高戸顕隆『海軍主計大尉の太平洋戦争』)。

 川端は当時45歳、「伊豆の踊子」や「雪国」など新しい感覚の作品で知られ、純文学の大家とみなされていた。関東軍の招きで満州に行った経験もあり、案外、行動的な面もあった。

 川端は承諾した。行き先は、フィリピンから海軍の特攻基地がある鹿児島県・鹿屋に変わった。少佐待遇だった。

 出発前、高戸は霞が関の海軍…

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