障害理解の花、一輪ずつ ろうの女性描く「咲む」初上映
全日本ろうあ連盟が創立70周年を記念した映画「咲(え)む」を作った。岡山県内でも14日に初めて上映会があった。コロナ禍の影響で上映日程が二転三転し、ようやく開催となり、当日は待ちかねた100人以上が集まった。
主人公は、若いろうの女性瑞月(みづき)。看護師資格を取得したが、病院への就職は次々と断られる。失意の中、過疎の山村で地域協力員になった瑞月を中心にストーリーは進む。
岡山市での上映会で、岡山県聴覚障害者福祉協会の中西厚美会長は県内17市町村で制定された手話言語条例に触れ、「ようやく上映できて、うれしい。この映画が条例の中身をより理解する助けになれば」とあいさつした。
上映会に来た30代の聞こえる女性は「手話が分かる人がほとんどいない村に、主人公がだんだん溶け込んでいく過程に引きつけられた。序盤ででてくるナイチンゲールの『物事を始めるチャンスを、私は逃さない』という言葉に、主人公だけでなく私も励まされた」。60代の聞こえない男性は「周囲と協力しながら理解の輪を広げていく姿がよかった。自分ももっとがんばろうと、元気が出た」と話した。
今後の上映予定は、来年1月16日=くらしき健康福祉プラザ(倉敷市)▽3月6日=津山市久米公民館▽3月13日=きらめきプラザ(岡山市)。いずれも午前10時と午後1時半。日本語字幕付き。高校生以上1200円、小中生500円。問い合わせは県聴覚障害者福祉協会(086・224・2275、ファクス086・224・2270)へ。
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監督は自身もろうの早瀬憲太郎さん。脚本は手話言語で書いたという。「見る言語」の手話で脚本を書くとはどういうことだろう。
早瀬さんによると、構想の断片を自分で手話で表し、スマホに撮りだめる。そこから作ったあらすじを手話で表現し、またスマホで撮る。その「手話あらすじ」を日本語に翻訳する――。手話動画から日本語への翻訳という過程を繰り返し、完成まで約2年かかったという。
物語の半ばで、周囲の音が突然消える場面がある。画面の中で村人たちは楽しそうにしゃべっているが、何を話しているか、観客には全く分からない。「聞こえない世界」に住む瑞月の思いが、聞こえる観客にじんと伝わる。早瀬さんが一番時間をかけたシーンだそうだ。
主役・瑞月役の藤田菜々子さんを含め、ろう者の登場人物は、ろうの役者が務めた。先天性の難病で車いす生活を送る人、見えず聞こえない盲ろう者も当事者が演じ、リアリティーを加えた。そして、丘みつ子や島かおり、佐藤蛾次郎、宮下順子ら名優たちが脇を固め、時に笑いを誘いながらさわやかに物語が展開する。
もう一つの見どころは「限界集落」の美しい風景だ。鳥取県の智頭町や若桜町などで撮影された。聞こえない瑞月が単身飛び込み、村は次第に生気を取り戻していく。その変化が、みずみずしい山村の情景に重ねて描かれる。この撮影などが縁で、鳥取県の平井伸治知事も村長役で出演している。
障害者差別や手話言語への理解の乏しさ、旧優生保護法の問題なども底流に含みつつ、ろうの若者が「障害を乗り越えてなんかないよ? 前へ歩くだけ」と笑顔で道を切り開いていく姿が心を打つ。そして未来への希望を予感させる余韻とともに、幕を閉じる。
全日本ろうあ連盟の担当者によると、当面は各地の聴覚障害者団体の主催で上映会を開き、その後、学校などで一般上映に広げていく予定。(中村通子)
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