世界遺産・仁徳陵で見た 地元の人たちとの長い「持ちつ持たれつ」

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井石栄司
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 世界文化遺産の大山(だいせん)古墳(伝仁徳天皇陵、堺市堺区)。墳丘に最も近い堤で宮内庁と堺市が共同で実施した発掘調査の現場が19日、報道陣に公開された。世界最大規模の墳墓として広く知られる存在だが、天皇家の陵墓として厳重に管理され、普段は立ち入ることができない。その敷地に足を踏み入れると、地元との間に積み重ねられた長い歴史が見えた。

 大山古墳は5世紀に築造されたとされる。上空から見ると「鍵穴」のように見える墳丘は三重の濠(ほり)に囲まれており、濠は二つの堤で仕切られている。敷地外からは墳丘はほとんど見えない。

 今回、報道陣に公開されたのは墳丘に最も近い「第1堤」だ。北東側の扉から古墳の敷地内に足を踏み入れると、木立が続き、静寂に包まれた。

 大山古墳は、80万人以上が暮らす政令指定都市の市街地に囲まれ、すぐそばには幹線道路が通っている。だが敷地内では周囲の騒がしさがうそのように、鳥のさえずりしか聞こえない。

 堤の上を少し歩くと、濠の向こうに墳丘が望める場所に出た。ふだん敷地の外から眺めるのと違い、濠一つ隔てただけのところにある墳丘は見上げるほどの高さがあった。秋の陽光を浴びた墳丘の緑と同じように、深い緑色の水をたたえた濠では、鳥たちが水面で羽を休めていた。

 「鳥たちの楽園でしょう」…

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