岐阜関ケ原古戦場記念館、入館10万人達成 コロナ禍の中で開館1年

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 関ケ原の合戦(1600年)で知られる、岐阜県関ケ原町に昨年10月、岐阜関ケ原古戦場記念館が開館して、1周年を迎えた。新型コロナウイルスの感染拡大で、開館時期が遅れ、緊急事態宣言などによる休館にも見舞われたが、今年10月には入館者10万人を達成。2年目に向けた取り組みが始まっている。

 関ケ原の名前は全国ブランドだが、「関ケ原古戦場」の一部、開戦地などが国史跡に指定されているものの、歴史的建造物は少なく、観光客の誘致に課題があった。

 東海環状自動車道の西回りルートの完成に向け、県西部の広域観光の起爆剤にしようと、古田肇知事の肝いりで記念館の整備構想が進められてきた。

 当初の計画では年間20万人の来館をめざしたが、コロナ禍で10万人に再設定。逆風の中でも、今年3月末には5万人に達した。

 しかし「第5波」で感染者数が急増。8月下旬には緊急事態宣言が岐阜県に出され、県有施設の休館が全県に拡大。初の休館も経験した。

 「名前の知られた有力武将だけでなく、大名や侍大将ら、多くの武将が戦いに集まりました」

 宣言解除後の10月初旬、関ケ原の戦い徳川家康が最後に本陣を置いた跡地を前に、「せきがはら史跡ガイド」の馬場昌幸さん(74)=垂井町=が、観光客に語りかけた。ツアーは約2時間、石田三成陣跡や合戦の開戦地などの町内の史跡を巡った。

 史跡ガイドは開館に備えて8人増やし、町内外の60人がボランティアとして登録している。2年かけて町教育委員会の講習を受け、地域の歴史を学んだ人だけが登録できる本格的なガイドだ。

 観光客は、それぞれの地元の武将や歴史に詳しい人も多く、求められる知識のレベルは高い。定年後に4年間勉強をしてガイドになった馬場さんは、年間25回ほど担当する。「ガイド休止の間も勉強をして備えてきた。お客さんと話しながら史跡を歩くのはやっぱり楽しい」と話す。

 コロナ禍でガイドの中止も余儀なくされ、2019年度に6035人だった案内人数は、20年度は1748人に落ち込んだ。

 また、少人数のグループ単位で案内を求められるようになり、1日で16人のガイドを確保しなければならない日もあった。仕事のある若手ガイドが平日に有給休暇を取って加わることもある。

 関ケ原町は今年度予算で、古戦場グランドデザイン事業に3157万円を計上し、古戦場の公衆トイレの改修や、町内事業者による土産物開発の助成などに取り組んでいる。

 また、関ケ原観光協会が運営するサイト「関ケ原ファンクラブ」を支援し、現在約3千人の会員を16万に増やす目標も掲げた。町古戦場グランドデザイン推進室の馬瀬口良正室長は「今後も県と町が一体となって、地元のボランティアらと史跡の景観を維持していきたい」と話す。

 西脇康世町長は「開館と同時に大きく町を売り出す計画は、コロナ禍で水を差されたが、町民に新たな出店を探る動きもある。町として、アフターコロナを見据えた環境整備を進めたい」と話した。

 記念館は10月1日に再開。現在、戦国時代の武将、竹中半兵衛と息子の重門を紹介する企画展「竹中半兵衛と重門」を、今月28日まで開催している。

 豊臣秀吉の軍師として活躍した半兵衛が実際に使用したと伝わる兜(かぶと)や具足、竹中家の系図などゆかりの品34点を展示。展示品の中には半兵衛の肖像画など、竹中家などから記念館に寄贈や寄託された品が多く含まれている。

 小和田哲男館長は「後発の施設だが認知が進み、『記念館になら資料を預けたい』という動きも出ていて、リピーターの方も増えている。多くの人に訪れていただけるよう、資料や展示の充実に力を入れていきたい」と話した。