芥川賞・石沢麻依さんを今も魅了 高橋たか子が描いた渇き、絶望、光

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聞き手・藤生京子
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 読書の秋。旬の若手やベテランの小説・エッセーを満喫している方も多いでしょう。でも時には目先を変え、かつては多くの読者を魅了しながら、昨今さっぱり話題にのぼらない「忘れられた作家たち」を再発見してみてはいかがですか? 1970~80年代、女性の心理を観念的に追究した高橋たか子(1932~2013)はおすすめの一人です。『貝に続く場所にて』(講談社)が7月に芥川賞を受賞した作家、石沢麻依さん(41)が大のファンと聞き、その魅力をうかがいました。(聞き手・藤生京子)

 いしざわ・まい 仙台市生まれ。東北大学大学院文学研究科修士課程修了。西欧美術史を専攻し、現在、ドイツ在住。2021年、群像新人文学賞を受賞した『貝に続く場所にて』が第165回芥川賞を受賞。

 たかはし・たかこ 京都市生まれ。京大文学部仏文科でボードレールを、同大学院でモーリアックを専攻。1年上で中国文学専攻の高橋和巳(1931~71)と結婚。『悲の器』『邪宗門』『憂鬱なる党派』などで若い世代の支持を得て売れっ子作家となった夫を支える。和巳が71年に早逝した後に本格的な執筆活動を始め、『誘惑者』(泉鏡花賞)、『ロンリー・ウーマン』(女流文学賞)などの作品で「内向の世代」の一人としても注目される。遠藤周作の導きでカトリック受洗。作家として活躍中の80年に渡仏、修道院などで観想生活に入り、85年の『怒りの子』(読売文学賞)を最後に小説執筆を中断。その後、帰国して90年代半ばから活動を再開、『亡命者』、『きれいな人』(毎日芸術賞)、『墓の話』など晩年まで執筆を続けた。講談社文芸文庫などで小説やエッセーが読める(一部品切れ)ほか、「P+D BOOKS」を展開する小学館から、今年8月、夫の高橋和巳とセットで全24巻の電子全集の刊行も始まった。

幾つもの色彩持つ「闇」 鮮明に映す文体

 ――影響を受けた作家として、安部公房倉橋由美子とともに高橋たか子の名前を挙げています。1980年生まれの世代がなぜ、と驚かれたのでは?

 そうした反応もあったかもしれません。でも、うなずいてくださる方もいました。

 手にとったのは高校1年のころです。読書好きで高橋さんファンだった母に勧められました。「絶対好きだと思うよ」と。

 それまでも古い作家はたくさん読んでいて、世界が広がっていく醍醐(だいご)味を味わっていたのですが、初めて私に「小説を書く」ことの意味を、すさまじい勢いで広げてくれた。その意味で原点であり、目指す作家のお一人だと、今回改めて思っています。

 ――石沢さんが感じる高橋たか子の魅力とは?

 心象風景の鮮明さですね。人間の内側へ内側へと潜り込み、奥深いところにある闇を、手が切れそうなほど鮮やかに描く力。黒一色の闇ではなく、幾つもの色彩を隠し持っていて、幻影か実像なのかわからない。それが精神を照らす明かりのようにも見え、私の中に脈付いています。

 そして美しい文章も挙げられます。水の流麗さと、火の揺らめきと。一般に論理的と評されますが、色彩性や絵画性も鮮やかだと思います。さながら天に向かって一点に集約していくゴチック建築であったり、素朴ながら深いたたずまいをみせるロマネスク建築であったり……。肌触りと線の美しさは、独特の魅力です。

 ――美術史がご専門の石沢さんならではのコメントですね。高橋作品を知らない読者も多いので、概要にふれながらお好きな作品の読みどころをお願いします。

 読み進めた順でいうと、『没落風景』(1974年)、『空の果てまで』(73年)、『誘惑者』(76年)になります。どれも、女性たちの生への渇きや、精神の奥深く煮えたぎるマグマの描写、自己存在とその精神を徹底的に孤立させる点が共通しています。

 『没落風景』は、虚(うつ)ろな家庭の対照的な性格の姉妹に焦点を当て、家族や他者、自己までもが破滅へとたどり着いてゆくさまを醒(さ)めた筆致で表しています。婚約を破棄された姉は、ある修道女の精神の覆いを剥ぎ取ろうと追い詰める。内向的な妹は、姉に全てを壊されるという怯(おび)えを抱いています。

 最初に読んだとき、幻視の描写が印象的でした。庭の眩(まぶ)しい白砂を注視する姉が、乾いた荒野を全裸で転がっていく自分をそこにみる。妹は、姉を深い穴に突き落とす殺人のイメージを繰り返し抱く。夜の絶望的な深さが、鳥肌立つような美しさと冷たさで立ち現れたのを覚えています。

 「つかみそこねる存在」ともいうべき人物の存在も興味深い。得体(えたい)の知れなさで、主人公の自信や信念にひびを入れる。曖昧(あいまい)な不安を残し続けるのです。

 ――壮絶な感じですね。『空の果てまで』はどうですか。

 長編第一作ですが、主人公の渇きやマグマはさらにどろりと重たく、他者への攻撃も生々しいまでの痛みと残酷さにあふれています。浄水場へ青酸カリを投入する計画が持ち上がり、空襲で夫と子供を焼死させるように後押しし、知人の娘を誘拐もします。

 高橋さんの生きた時代背景もあるのではないでしょうか。戦中から戦後、世界が破滅に直面していた時代、共同体の一員として生きることが当然とされていた。しかし、実家も結婚してできた家庭も、自分の所属する場所ではないという強い感覚を抱く、いわば個であることを求める漂泊者のような女性たちの意識をすくいとった。

「生と死」の均衡、そして

 ――代表作とされる『誘惑者』はまさに、戦前に伊豆大島で実際に起きた、自殺幇助(ほうじょ)事件がモチーフです。

 主人公の孤独な女子学生は、自分のように漠然と生きていたくない人間と、自殺に踏み込む人間との違いは何かと関心を抱く。そこから友人2人の自殺を助けるまでの物語です。傑作だと思います。

 改めて読み返してみると、構造的な深さにおいて、興味深い点もあります。死をシミュレートするという点で、M・デュラスの小説『モデラート・カンタービレ』と照合する部分もあるのですが、殺す男―殺される女という関係性ではなく、女性3人が主体的に死を追究する。女性が自立しているからこそ、男の持ち出す死のテーマに乗っからず、自分存在の物語を作り上げていく。面白いと思いました。

 結末近くで、「存在するものは悪魔であり、存在しないものは神なのだわ」と主人公が言う。自殺する友人が「私は、神が見えてきたわ」と返す。その後、カトリックの信仰を深めて日本から旅立っていく高橋さん自身にとっても、大きな転換点となった作品でしょう。

高橋たか子作品に貫かれたテーマとは。石沢さんが彼女を「時代の犠牲者」とも考えるわけは。石沢さん自身が目指す作家像とともにさらに深く語ります。

 ――初期から『怒りの子』(…

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