田んぼの魅力発信、若手コメ農家の挑戦

佐藤善一
[PR]

 進んで農家になったわけではなかった。父が病気で倒れて急きょカフェを畳んで田んぼを引き継いだ。栃木県那須町の井上敬二朗さん(42)と真梨子さん(39)夫婦。試行錯誤しながら土と格闘して見えてきたのは、想像もしなかったコメ作りの面白さと将来へのワクワク感だった。

 「すっかり稲作にはまってしまった。面白くて可能性が広がっている」

 委託を含めて約30ヘクタールの田んぼでコメを作る。就農して4年目の新米農家だ。手探りで始めたコメの直売は当初、月に数件の注文だったが、今秋は収穫したコメの半分をJAに卸し、半分を手元に残した。SNSや口コミで少しずつファンを増やした。首都圏を中心に全国に発送している。

 今年、デザイナーに頼んでオリジナルのパッケージを一新した。空気の澄んだ那須連山のふもとで作った自慢のコメを表現した。コメを使った加工品にも力を入れる。ポン菓子「INAPON(イナポン)」や米粉、甘酒も好評だ。

 那須町には真梨子さんの実家がある。敬二朗さんと真梨子さんは東京都内の大手監査法人で出会った。環境ベンチャーに転職した後、独立して岡山県でカフェを経営していた。

 2017年9月のこと。当時那須町長だった父の高久勝さんが脳出血で倒れた。農家を継いでほしい、と頼まれたわけではなかったが、後継者がいるわけではなく、父のリハビリも待ったなしだった。農機具を買った借金もあった。

 2人とも周囲の期待は感じていた。ただコメ農家に胸が躍らなかったのも正直な気持ちだった。敬二朗さんの親には反対された。1カ月半悩み抜き、最終的に「期待」を受け入れた。

 就農当時はアスパラ栽培もやっていたので、夜にもアスパラの選別、袋詰め作業などがあって、想像以上の猛烈な忙しさだった。作業に追われながら「現状のスタイルを変えないと、農業の将来はない」とひそかに思い続けた。

 ベテラン農家の勝さんには反対されたが、野菜はやめてコメだけで勝負すると宣言し、説得した。販売用のウェブページをつくり、SNSでコメ作りの楽しさや日々の発見などを広く発信し始めた。コメ専門のブランド「稲作本店」も立ち上げた。

 コメを買った客からの反応に意識が変わった。手をかけた分だけ、評価になって返ってきた。減農薬、無農薬、無肥料栽培の挑戦も始めた。種まき、育苗、もみすり、保管、精米、出荷まですべての工程を自前で手がける。

 消費者に田んぼとそれを取り巻く環境を見てもらうため、今年から田んぼ脇に自作のキッチンカーを入れてカフェを開いたり、刈り取った田んぼでキャンプを企画したり、交流にも力を入れている。

 21年の県産米の価格(JA概算金)は下落し、コシヒカリは前年産より3割近く安くなった。敬二朗さんは「JAに卸すだけではコメ農家が食っていけない。直売に加えて、加工品の開発や販売にも力を入れて、稲作ブランドを育てていきたい。田んぼはコメだけの価値ではない。生態系の保全、風景の維持など大切な生活インフラだ」と話す。(佐藤善一)