現存最古の国産車 開発者は芦屋町出身 地元で企画展

祝迫勝之
[PR]

 100年以上前、大正時代に福岡県芦屋町出身の若者がつくった車がある。現存する最も古い国産車で、今でもエンジンがかかり、走ることができるという。その車と開発者の「探求心と技術者魂」を知ってほしいと、町歴史民俗資料館で企画展が開かれている。

 展示会場に入ると、ほろ付きの車が目に飛び込んでくる。紹介文にはこうある。「現存する日本最古の国産車アロー号」。つくったのは矢野倖一氏(1892~1975)だ。

 車体の長さ2・59メートル、幅1・17メートル。「4人乗りなら4人で持ち上げられる」よう、アルミや和紙を使い軽量化し、わずか272キロだ。

 ガソリンエンジンで1054cc。矢野氏が1916年、20代でつくった。完成に3年かかったという。名字の「矢」の英語から「アロー号」と名付けた。

 矢野氏は、町内の造り酒屋の長男に生まれた。子どものころから機械に興味を持ち、飛行機にあこがれていた。県立福岡工業学校機械科の在学中に模型飛行機大会があった。ゴム動力のプロペラ機が多い中、矢野氏だけが小さなエンジン付きの飛行機でのぞんだ。草むらに落ち飛ばなかったが、技術力の高さを評価され「最優秀」をもらった。

 これが転機になった。地元の実業家が、飛行機より車を作ろうと声をかけてきたのだ。フランス製の1人乗りの車を2人乗りに改造することから始めた。

 1922年、矢野オート工場を福岡市で創業。ダンプや冷凍車など特殊な車も開発した。

 こうした足跡をたどれるよう、展示会場にはモノクロ写真が並び、大正時代につくったエンジンや図面、工具も紹介している。

 芦屋町との関わりにも触れる。1929年、町で火事が起こり、遠賀川が近くにあるのに水が引けず、神社や多くの家屋が焼ける大火になった。矢野氏は町に頼まれ、強力なポンプを備えた消防車をつくった。この時、矢野氏に町長が送った感謝状も展示している。

 矢野氏は日本自動車殿堂の殿堂者になり、アロー号は日本機械学会の機械遺産になった。学芸員の山田克樹さん(59)は「課題への突破力がすごい。発想力も兼ね備えている。町出身でこんなすごい人がいると知ってほしい」と話す。

 来年1月30日まで、アロー号の展示は11月28日まで。中学生以上200円、小学生100円(町内の小学生は土曜無料)。休館は月曜(祝日の場合は翌日)、11月30日、12月28日~1月3日。

 展示解説の予定もある(先着20人)。「自動車黎明(れいめい)の時代」が12月5日午前10~11時(申し込み受け付け11月26日~12月4日)、「矢野氏と車と発明と」が1月8日午前10~11時(同12月25日~1月7日)。

     ◇

 矢野オート工場の精神は、矢野特殊自動車(同県新宮町)に引き継がれている。

 社長は孫の彰一さん(60)。常務はその弟俊宏さん(58)。大型トラックを冷凍車につくりかえることが主な仕事だ。飛行機の給油車、車を運ぶ車、タンクローリーもつくる。

 冷凍車は側面が跳ね上がり荷物を積み下ろししやすいタイプもある。マイナス30度から常温まで設定でき、行きは冷凍品を積み、帰りは常温の品を運ぶといったこともでき、運転手不足の解消にもつなげる。

 俊宏さんは「当時も今もたくさんの人の協力でできている。祖父倖一の『世の中に役立つ、人のために役立つ』という思想が今も続いている」と話す。

 滋賀県にも工場があり、年間約1600台をつくる。従業員はグループ会社も含めて約550人。来年創業100周年を迎える。(祝迫勝之)