第100回【新聞と戦争・アーカイブ】政経記者たち:7

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【2007年11月28日夕刊3面】

 東京朝日の論説委員を務めた笠(りゅう)信太郎の長男、大炊(おおい)(81)は1939年冬、自宅の庭でたき火のあとを見つけた。10代半ばだった。母親に聞くと、夜のうちに父親が本などを燃やしたという。

 その冬、笠は『日本経済の再編成』を著し、経済界に衝撃を与えていた。

 笠は高橋財政から説き起こし、大量の国債発行で「戦争即応の文字通りの生産拡充」体制へ突入したと説明。インフレ防止のため、経済統制が必要だと主張した。戦時経済下に削れるものは、資本家の利潤しかない。こう考える笠は、財界人に対して「腐りかけた自由主義の一部分を切って捨てる覚悟」を求めた。

 これは、昭和研究会が「経済新体制」の柱として打ち出した考え方で、東京朝日は同年8月27、28両日の社説で、「資本と経営の分離」と呼ばれる笠の考え方を展開した。

 陸軍統制派の根本思想となったこの経済統制策は、30年代後半、陸軍の石原莞爾と「満州国」産業部次長の岸信介によって満州国に導入された(岸、矢次一夫など『岸信介の回想』)。

 しかし、内地で「覚悟」をす…

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