第101回【新聞と戦争・アーカイブ】政経記者たち:8

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【2007年11月29日夕刊3面】

 太平洋戦争が始まる前、軍部独裁から政治を取り戻そうとする知識人たちの活動と挫折があった。朝日新聞記者たちも主役を務めた昭和研究会の中心は、近衛文麿と、その近衛を支え続けた後藤隆之助だった。

 昭和研究会が国民運動を基盤とする近衛新体制を目指し始めたのは、37年7月の「支那事変」がきっかけだ。陸軍が泥沼の戦いから抜け出せない中、会員の朝日論説委員・佐々(さっさ)弘雄と三輪寿壮(じゅそう)、平貞蔵の3人が、陸軍を抑えることを目的とした国民運動を話し合った。後藤がこれに賛同し、活動的な学者や記者たちを集めた。朝日の笠(りゅう)信太郎や尾崎秀実(ほつみ)が入ってきたのはこの前後だ。

 尾崎は28年に上海特派員となり、34年には東亜問題調査会スタッフとして大阪朝日から東京朝日に移った。

 中国問題専門家としての名声が高まったのは、36年12月の西安事件がきっかけだ。

 国民政府の蔣介石が一時拘禁…

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