第103回【新聞と戦争・アーカイブ】政経記者たち:10

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【2007年12月3日夕刊3面】

 太平洋戦争開戦からちょうど2カ月前の1941年10月8日夕、東京・丸の内の後藤隆之助事務所で、ある会合が開かれた。日米が開戦した場合の行く末を、陸軍中将の石原莞爾に予想してもらうための集まりだった。

 石油資源を南方に頼る日本は、長い海洋補給線を持つことになるが、輸送船舶は撃沈され続けて資源は枯渇、日本の敗戦は必至――。石原は、数年後に現実となる見通しを冷静に描いてみせた。

 散会後、朝日新聞政経部長の田中慎次郎は同期入社の尾崎秀実(ほつみ)と日比谷まで歩き、喫茶店で紅茶を飲んだ。満鉄に移っていた尾崎と田中は、月に1、2回は情報交換のために顔を合わせていた。しかしこの夜、田中の前の尾崎はいつになく元気がなかった(田中『はしくれ帖』など)。

 尾崎はこの時、中国評論家や満鉄の月報筆者という、田中らの知っている世界とはもう一つ別の世界で生きていた。ソ連を中心とするコミンテルンから派遣されたリヒャルト・ゾルゲの諜報(ちょうほう)チームの一員として、日本の対外政策を探り、日ソ戦の兆候を事前に察知する。それが使命だった。

 尾崎は上海特派員時代に米国人ジャーナリスト、アグネス・スメドレーと知り合い、その紹介でゾルゲを知った(『現代史資料2』)。

 インド独立運動や中国民族運…

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