第2回中村哲さん襲撃の予行演習?進路ふさぐ不審なバイク、運転手は訴えた

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 中村哲さんや運転手ザイヌラさん(当時34)ら計6人が殺害された事件では、アフガニスタン当局が事件の22日前の段階で、中村さんに注意を呼びかける「警告文」を出していたことが取材で明らかになった。

 「警告文」以外にも、危険を知らせるものが何かあったかもしれない。私は今年9月29日、運転手ザイヌラさんの妻ホマさん(35)にインタビューを申し込んだ。ホマさんとは事件直後に一度話をしたことがあったが、当時は精神的な負担が大きすぎると考えて、踏み込んだやりとりをしなかった。

〈中村哲さん殺害事件〉アフガニスタン東部で2019年12月4日、人道支援NGO「ペシャワール会」現地代表で、医師の中村哲さん(当時73)らが乗った車が移動中、犯行グループに銃撃され、中村さん、運転手1人、警察官4人の計6人が死亡した。

 今回は助手に現地のパシュトゥー語の通訳を頼み、電話でやりとりした。

 ――事件から2年近くが経とうとしています。

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中村哲さん(右)とともに亡くなった運転手ザイヌラさん=遺族提供

 「事件直後に比べると、ずいぶん心が落ち着きました。当時は悲しいニュースを聞くと自分のことのように感じ、落ち込んでいました。浮き沈みはありますが、ようやくこうして話ができるようになりました」

 ――生活は苦しくないですか?

 「事件後に(中村さんが代表を務めていた現地NGOの)PMSから補償金をいただきました。それを取り崩しながら、子ども6人と義母とともに暮らしています。貯金が尽きれば、親戚に頼って暮らすことになりそうです」

 ――11歳の長女ムスカさんは、お医者さんを目指していましたね。

 「ドクター・ナカムラのもとで10年以上働いていたザイヌラは、この国にはもっと多くの医師が必要だと考えていました。ムスカにもそう言い聞かせ、教育レベルの高い私立学校に通わせていました。ドクター・ナカムラのような人助けのできる人に育ってほしかったのです。ただザイヌラの死後は、私立学校の学費が払えなくなり、学費が掛からない公立学校に移りました」

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中村哲さんとともに亡くなった運転手ザイヌラさんの妻ホマさん(左から2人目)や長女ムスカさん(右端)ら=2021年9月、遺族提供

 教育をめぐっては、今年8月にイスラム主義勢力タリバンが政権を崩壊させたことも影を落としているという。タリバンが女子生徒の通学を当面禁じ、教育を受けられなくなってしまったからだ。ホマさんは「ムスカの夢は、ザイヌラの夢です。それがかなえられなくなるのではと心配です」と声を落とした。

運転手が目撃した異変

 私は事件前のことについても尋ねた。

 ――ザイヌラさんは「警告文」について何か話していませんでしたか?

 「警告文については、聞いたことがありません。ザイヌラは家族の前で不安を漏らすことは、ほとんどありませんでした。特に子どもがいるときは、安全面の話は避けていました」

 「ただ事件前には、ドクター・ナカムラの警備を担当する警察官からよく電話が掛かってきていましたので、なんらかの脅威情報が寄せられたのだろうなと思っていました。特に事件の1カ月ほど前、帰宅したザイヌラが『不審なバイク』の話をしたことは、今でもよく覚えています。ザイヌラが身の危険について話をするのは、とても珍しいことだったからです」

 ――どのようなバイクですか?

ザイヌラさんが妻に語った「不審なバイク」とは。男が一人で乗っていたというバイクは特徴的な動きをしていました。

 「ザイヌラは、男1人乗りの…

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