アーティストと汗をかきながら…コロナ下の芸術祭、失われたプロセス

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聞き手・大野択生
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 地方の里山に現代アート作品を展示する芸術祭が、コロナ下で感染対策をとりながら今年も開かれました。一方、文化行政やアートビジネスに関する調査を行う一般社団法人「芸術と創造」代表理事の綿江彰禅(あきよし)さんは「『こんな状況でもできてしまう』ということ自体が、芸術祭の自己否定につながりかねないのでは」と指摘します。いったいどういうことなのでしょうか。

写真・図版
北アルプス国際芸術祭のマーリア・ヴィルッカラ(フィンランド)による、湖に残る伝説と大町の歴史をもとにした作品=2021年10月3日、長野県大町市、大野択生撮影

 ――日本の芸術祭は、地域にとってどんな位置づけで発展してきたのでしょうか。

 「海外と日本の芸術祭では、フェスティバルをやる意味が違います。たとえば韓国の『光州ビエンナーレ』は、1980年の光州事件で起きた言論統制への反省が、ドイツの『ドクメンタ』は、戦前のナチスが一部の現代アートを『退廃芸術』として弾圧したことへの反省がそれぞれに通底するテーマになっています」

 記事後半では、芸術祭が地域にもたらす「シビック・プライド」の効果や、今後の芸術祭に求められるものについて詳しく聞きます。

 「一方、日本では地域の活性…

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