第34回【新聞と戦争・アーカイブ】それぞれの8・15:2

有料会員記事

[PR]

【2007年4月3日夕刊3面】

 玉音放送を、天皇はひとり、宮内省2階の政務室で聞いた。

 直後、侍従の岡部長章(ながあきら)が呼ばれた。天皇は機嫌のいいときの顔つきをしている。

 「今の、どうであったろう」

 国民がどう受け止めたか、天皇は気になるようすだった。

 「私の兄が朝日新聞社におります。こういう場合は、新聞社が一番早いと思います」

 岡部の兄、村山長挙(ながたか)は、旧岸和田藩主で枢密顧問官を務めた岡部長職(ながもと)の三男として生まれた。1919年、朝日新聞の創業者村山龍平の婿養子となり、翌年、入社。40年に社長に就任し、戦時下の朝日新聞社を牽引(けんいん)してきた。岡部は村山の15歳年下だった。

 村山は、たずねてきた岡部にいった。

 「『時局重大だから、一同心…

この記事は有料会員記事です。残り706文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

連載新聞と戦争アーカイブ(全107回)

この連載の一覧を見る