第37回【新聞と戦争・アーカイブ】それぞれの8・15:5

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【2007年4月6日夕刊3面】

 沖縄方面最高指揮官の牛島満(うしじまみつる)中将と、参謀長、長勇(ちょういさむ)中将の遺体が1945年6月25日、米軍に発見された。

 摩文仁(まぶに)の丘。沖縄本島南端、高さ約90メートルの断崖(だんがい)に口を開けた洞窟(どうくつ)に、第32軍司令部はあった。

 両将軍の自決は、6月23日未明とされる。日本軍が組織的戦闘を終えたこの日を、県民は「慰霊の日」として心に刻んでいる。

 米軍による本島上陸から約3カ月。「鉄の暴風」と呼ばれる地上戦は住民を巻き込み、日本人戦没者約19万人の半数を一般県民が占めた。

 44歳の宗貞利登(むねさだとしと)も、朝日新聞那覇支局長として摩文仁で殉職した。広島出身。記者となり中国、四国、北陸を回った。太平洋戦争が始まった年に台湾に赴任し、44年6月、沖縄に送り込まれた。

 1枚の記念写真がある。

 同年10月10日の大空襲で…

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