料理研究家・藤野真紀子さん 娘の言葉で気づいた「心傾ける」大切さ

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太田匡彦
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 50冊を超える著作を世に出し、女性誌の表紙を飾ったり料理番組やCMに次々出演したり。一時は「カリスマ主婦」と呼ばれ、衆院議員にもなった藤野真紀子さん(72)。振り返れば働く女性として突っ走る日々でしたが、仕事が軌道に乗り始めた頃に娘から投げかけられた言葉が今も胸に残っていると言います。

 1949年、東京生まれ。パリで「エコール・リッツ・エスコフィエ」などに学び、帰国後の92年に「マキコフーズ・ステュディオ」開設。2005年から衆院議員を1期務め、近年は動物愛護活動に取り組む。

 聖心女子大を卒業した翌年、1973年に旧運輸省の官僚と結婚。74年に長女、76年に次女が誕生した。「私たちの時代の典型的な主婦でした」と振り返る。

 「父親が大黒柱で母親が家を守る人という、当時の典型的な家庭。我が子を心身ともに健康に育て、社会に送り出すのが自分の役割だと信じていました」

 母子が密接にかかわっていた、そんな環境が激変する。きっかけは夫の転勤にともなう、通算6年の海外生活。最初はニューヨーク、次はパリへ。パリでは「エコール・リッツ・エスコフィエ」などにも通い、精力的に料理の勉強をした。パリから帰国してすぐ、初めての著作『パリに行って、習ったお菓子』を出し、大きな話題になる。このとき41歳。翌年には東京都内に料理教室を立ち上げた。一方、子ども2人は中高生で、思春期まっただなか。「ママの劇的な変化」が、家族を不安定にしていく。

 火曜から土曜まで料理教室を差配するかたわら、NHKの料理番組「きょうの料理」に出演。雑誌の撮影などで翌早朝に帰宅することも珍しくなかった。子どもの世話は祖母に「丸投げ」状態になった。「仕事の歯車が回り始めて、面白くて仕方ない時期でした」

 そうした生活が数年続いたあ…

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