第52回【新聞と戦争・アーカイブ】それぞれの8・15:20

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【2007年4月27日夕刊3面】

 「玉音放送」のあと、宮城前で人々が泣き伏す光景を、朝日新聞のカメラマンは撮影できなかった。涙でファインダーが曇り、撮れなかった。

 デスクの影山光洋も、二重橋前に出かけた。ところどころに固まる人の群れから、低く緩く「君が代」が聞こえた。1、2回シャッターを押したが、フィルムを現像することができなかった。

 翌16日、毎日新聞は「“忠誠足らざる”を詫(わ)び奉る(宮城前)」との説明をつけて、1面に大きく7段の写真を掲げる。

 「敗戦初日の新聞としては完全に負けである」

 朝日の編集会議はそう結論づけた。影山は同日、辞表を出した(『写真構成・昭和の女』)。

 8月19日、作家高見順は日記に書いた。

 「敗戦について新聞は責任な…

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