「作られた笑顔」じゃなく パラ開会式で演出家が目指した世界

有料会員記事KANSAI

聞き手・田部愛、写真・諫山卓弥
[PR]

 今夏の東京パラリンピック開会式で演出をつとめたウォーリー木下さん(49)の演劇人としての原点は、関西にある。大学時代に演劇をはじめたきっかけや、開会式から3カ月たったいま、障害がある人が生きやすい社会についてどう考えているか尋ねた。

関西ニュースレター

関西発のおすすめニュースを週1回お届けします。こちらから登録できます。

 ――どんな思いで開会式を演出しましたか。

 「日本社会や世界に、強いメッセージを打ち出したい、という思いはありました。障害のある人たちと日本のシステムをどう作るか。パラリンピックの前と後で変わらなければいけないし、その一助となれたらとも考えました」

 ――どのように演出を決めていったのでしょうか。

 「トップダウンにはしたくありませんでした。理想は、アメーバのように自由にみんなが動くけど、それがやわらかくつながって、おのおのがのびのびとイマジネーションを爆発させられるようにすること。でも、全体としてはまとまりがある。衣装も、メイクも美術も、振り付けも、演技も、携わる全員で造り上げた『チームの演出』でした」

 「会議は2019年の秋から始まりましたが、コロナ禍になって全部作り直しました」

 ――コロナ前とはどのように変わったのですか。

 「内容もそうですが、受け取る社会の状況も変わりました。外に出られなかったり、人とつながることができなかったり、障害のある人が直面してきた現実を、コロナ禍で多くの健常者が体験することになりました」

 「障害者も健常者も関係なく、人生には追い風もあれば向かい風もあるけれど、いつか勇気を出せば、その風を使って飛び立つことができる。そうしたメッセージが、より自分ごととして受け取られるようになったと思います」

 ――障害がある4歳上のお兄さんの存在は、演出するにあたって影響を与えたのでしょうか。

 「具体的な影響は特にありません。障害のある人も、ひとりひとり全然違いますし、知識や経験があるからといって、それがアドバンテージになるわけではなく、型にはめずフラットに向き合うべきです。でも、演出の打診を受けたときは、ぜひやらせてほしいと思いました。色んなことを教えてくれた兄に対する恩返しになりそうだと感じたからです」

 ――「教えてくれた」のはどんなことですか。

 「体を自分でうまく動かせないし、話せない。でもたくさんの感情がある。彼がいなかったら、考えもしなかったことがたくさんあります。たとえば、大学進学で実家を出ること。夢を追いかけること。好きな人に思いを伝えること。それすら、簡単なことじゃない。自分にそれができることの特別さは、頭の片隅で感じてきました」

 ――本番を終え、どんなことが印象に残っていますか。

 「終わった瞬間にバックヤードで、みんなで泣いて、大喜びしました。チームで作った式典でした。色んな意見がある中で、全員つらさもあったと思います。僕自身も、反対している人も多い中で、そういう仕事をしていることへの葛藤もありました」

 ――障害者と健常者と一緒に作品をつくるなかで意識したことは。

開会式で反響が大きかった「片翼の小さな飛行機」はどうやってうまれたのか。演出の背景や、関西の演劇界の現状についても聞きました。

 「障害者も、健常者も関係な…

この記事は有料会員記事です。残り1675文字有料会員になると続きをお読みいただけます。
【1/24まで】2つの記事読み放題コースが今なら2カ月間無料!
#KANSAI

#KANSAI

近畿の魅力を再発見する新企画。社会・経済から文化・スポーツまで、地元愛あふれるコンテンツをお届けします。[記事一覧へ]