マルチな私、作ってくれた 著述家・湯山玲子さんを支えた言葉

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西正之
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 女性をめぐる鋭くもユーモアあふれるエッセーの書き手で、テレビのコメンテーター、ファッションや音楽のプロデューサーとしても活躍する湯山玲子さん(61)。メディアやジャンルを縦横に行き来し、表にも出れば裏方も務めるマルチぶりだ。その原点は、編集者時代に先輩からかけられた一言だったと振り返る。

 父は童謡「あめふりくまのこ」などで知られる作曲家・湯山昭。自身も音楽家を志した。しかし、四六時中音楽ばかりのアーティストぶりを身近に見て、自分なんぞは表現してはいけないのでは?と思うように。

 「裏方こそかっこいい、と。バブルに向かう時代。組織を支える陰の実力者という物語にも憧れました」

 1983年、大学卒業とともに「ぴあ」に編集者として入社。雇用機会均等法の施行前で、男女の待遇が平等な数少ない会社だった。担当は演劇。そこで先輩の石井伊都子(いつこ)さんと出会った。「洋服のセンスから何から気が合って、付き合っているかのごとくいつも一緒にいました」

 石井さんは学生時代からフェミニズムの活動をしていた。「闘士みたいな感じはなく、エレガントな人でした。でも、呪詛(じゅそ)のように男社会の悪口を言い合いましたけれど」

 カルチャー誌が次々生まれた…

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