立ち上がる企業は「とがっていた」 池井戸潤が歩く岩手・釜石の復興

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文・写真 池井戸潤 映像報道部・杉本康弘、「好書好日」編集長・加藤修
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池井戸潤が撮る 日本の工場

 「半沢直樹」シリーズなどでおなじみの作家、池井戸潤さんが仕事の現場を訪ねる企画が、朝日新聞土曜別刷り「be」で連載中です。今回は東日本大震災の被災地、岩手県釜石市に向かいました。津波で大きな被害を受けながら、しっかりと立ち上がった町の姿にカメラとペンで迫ります。デジタル版では池井戸さんが撮影した写真をたっぷりご覧いただけます。

    ◇

 新しい工場が完成したわずか2週間後、それが津波で流されてしまったら、あなたならどうするだろうか。

 残された巨額の借金と瓦礫(がれき)の山の前になすすべもなく立ち尽くすか。それとも、気力を振り絞り新たな一歩を踏み出すのか。

 岩手県釜石市にある調理冷凍食品の製造販売を手がける小野食品は、その逆境に立ち向かい、創意と工夫で、見事な復活を遂げた。その工場はいまでも、高さ約15メートルの防潮堤のすぐ脇に建っている。

 同社はもともと、外食産業を相手にする食品会社であった。ところが、震災で工場は倒壊。製造停止を余儀なくされる。3カ月後に再開したとき、待ってくれていたはずの顧客は他社に取られていた。社業は崖っぷちに。

 だが、離れていく客ばかりではなかった。

 震災前からほそぼそと始めていた通信販売に、当時約5千人の頒布会客がいた。小野昭男社長は、被災して商品が届けられなくなった旨の知らせをブログに書き、頒布会の会員に詫(わ)びる。すると――。

 ――いつまでも、再開を待っています。

 社長のもとに届いたのは、温かい激励の言葉の数々であった。

「いまでも、戴(いただ)いたお手紙のことを思い出すと涙がでます」

 震災という試練が、会社にとって真の顧客が誰なのかを教えてくれたのだ。いま小野食品の通販部門は、震災前の10倍にまで伸び、経営の柱に育った。

 パンフレットを見ると、商品の値段は決して安くない。というか、むしろ高めだ。小野社長が目指したのは、安さを求めるのではなく、味にこだわり、味がわかるお客さんの獲得だ。リピート率90%という驚異の実績がその成功を物語る。

 早速、工場内を案内していただいた。

 焼き物と煮物のふたつのライ…

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