重量挙げ三宅宏実選手、自分をほめるとすれば?21年間の軌跡たどる

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加藤真太郎
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 【埼玉】女子重量挙げ三宅宏実選手(36)が現役を引退した。「21年間、大好きな競技を長く続けられ、すごく幸せな時間だった。無我夢中になれた競技人生を送ることができました」。今後は所属先のいちごのコーチとして、自身に続く五輪代表選手の育成に力を注ぐ。

 「本日をもって引退します。今まで多くの方々の支えがあり、今日まで競技を続けることができました」。東京都内で引退記者会見を開いた18日は36歳の誕生日。この日を新たな出発の日に選んだ。質問を受けるたびに「ありがとうございます」と丁寧に応じ、21年間の軌跡をたどった。

 ――中学3年の時にテレビで見たシドニー五輪をきっかけに競技を始めた。

 「父から①五輪でメダルをとる②途中であきらめない、絶対投げ出さない、という条件を言われた。私自身で決意し初めて夢を持つことができた。初めて15キロのシャフトを持った時は『重いな』『力だけではあがらないな』と。今でも鮮明に覚えています」

 ――父娘二人三脚の21年でした。

 「ぶつかることもたくさんあったが、つらいときは一緒に乗り越えてくれた。『今できることを精いっぱい頑張る』『今日よりも明日、明日よりももっと良くなる』という前向きな言葉で支えてくれたことが様々な試練を乗り越えるきっかけになった。5大会連続五輪、二つのメダル獲得に導いてくれた指導に、感謝の気持ちでいっぱいです」

 ――リオから東京までの5年間は腰の疲労骨折など、度重なるけがに。

 「けがも増し、治らず、さらに記録の低下から、ダメかなと思うことが何度もあったが、家族、仲間、先輩、チームメート、私と関わってくれた全ての人たちの支え、応援が力になり、がんばり続けた源でした」

 「最後までとにかくどんな結末であってもやりきりたいと。東京では残念ながら結果は残せなかったが、今出せる自分の限界だと納得した大会でした」

 ――おじは64年の前回東京五輪金メダリストの義信さん。三宅家として二つの「東京」をつなぎました。「三宅」を背負う重圧は。

 「その時、その時の瞬間で…

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